「その草津って係長、本当に嫌な奴ね」
A&Dコンサルティングに戻った白瀬がメンターの江里口美咲に状況を説明すると、彼女も白瀬の意見に同意してくれた。
「とはいえ、草津をクビにするわけにもいかないし……」
「どうかなあ。別府部長に聞いたんだが、あの男、前にもベンダーとモメて追い出したことがあるらしい。結構、問題児なんじゃないかな」
「へえ。そのときはどんな成り行きだったのかしら」
別府から聞いた話によると、箱根銀行は1年前に「ネットバンキングシステム」を導入しようとした。インターネットでの送金や各種申し込みができるネットバンキングは今や当たり前のものだが、箱根銀行はこの仕組みを発展させて、契約した企業の帳簿を自動生成するサービスを思い付いた。
箱根銀行をメインバンクにする企業であれば、現金のやりとりは、ほぼ銀行の通帳に記録されている。それを元に帳簿を作成してWebで参照したり更新したりできれば、顧客の利便性向上に役立つし、箱根銀行も顧客囲い込みがしやすくなると考えたのだ。
ところが、プロジェクトは失敗した。
原因は、開発中に箱根銀行が数多くの要件変更や追加の要望を出し、ベンダーが対応できなかったことだった。納期を半年過ぎてもリリースのメドが立たず、追加で発生した費用を巡った箱根銀行とベンダーの話し合いも決着がつかず、プロジェクトは途中で中止となった。
別府の話によれば、交渉をつぶしてベンダーを追い出してしまったのも、草津の言葉だったようだ。
「結局、アンタらのプロジェクト管理能力のなさが、失敗の原因じゃないか。俺、心配して情シス内で言ってたんだよなあ。あそこのプロマネはPMPの資格もないし定量的プロジェクト管理についても経験がない。会社自体も今まで下請けのプログラミングしかやってないから、プロジェクトを丸ごと任せるのなんか危険だってねえ」
「ユーザーが変更を申し入れるのは、そもそもベンダーの要件定義がいいかげんだったからじゃないか。後になって大変だ大変だって、そりゃ自業自得だろ?」
「プロのITベンダーなら、ユーザーの要件追加要望に対して、デメリットを説明して諦めさせたり、忠告したりするもんでしょ? それが『専門家の責任』てもんだよ。知ってる? 専門家の責任って言葉。知らないんだろうなあ、オタクらみたいな下流労働者には」
草津はこのときも、そんな厳しい言葉でベンダーを責め立てたらしい。
度重なる要件の変更や追加に何とか対応しようと頑張っていたベンダーも、草津のこうした態度には腹に据えかねた。草津の激しい攻撃を最も受けていたプロジェクトマネジャーが病気で入院したことを期に、メンバーを引き上げてしまった、というのが別府の話だった。
「それじゃあ、ベンダーもたまったもんじゃないわね」
「ああ。さすがに箱根もベンダーに先払いしていた費用を全部返せとは言えず、半額は返却せずに済んだみたいだけれど、それでも大損だよな」
「草津係長って、女性にもてなさそうね」
「それが、情報システム部の赤倉課長によると、社内恋愛しているらしい。納得できねえなあ」
「あなたが納得できないのは、そこだけじゃないでしょ?」
「ああ。何かこう、違和感のあることがいっぱいあるよ。そもそも何で箱根は、そんなにシステム導入に失敗するのかとか」
「草津係長の態度も、おかしいわね。ちょっと極端」
「あと、プログラムが正常系の部分だけできてるってのも、何か変な気がするし」
「そういうモヤモヤしたものをまず解決しないと、今後もお客さまに良いコンサルティングはできないんじゃないかしら」
「そうだよな、確かに箱根銀行のプロジェクトを立て直すには、まずその辺を確かめてからの方がいいな」
白瀬がうなずいていると、美咲が意味ありげにつぶやいた。
「不自然なことの裏には、下手くそなシナリオライターがいるのよ」
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