書籍『システムを「外注」するときに読む本』には、幻の一章があった!――本連載は、同書制作時に掲載を見送った「箱根銀行の悲劇」を、@IT編集部がさまざまな手段を使って入手し、独占掲載するものです。
仮想ストーリーを通じて実際にあった事件・事故のポイントを分かりやすく説く『システムを「外注」するときに読む本』(細川義洋著、ダイヤモンド社)。連載「コンサルは見た! 与信管理システム構築に潜む黒い野望」は、本書制作時に諸般の事由から掲載を見送った「幻の原稿」を、@IT編集部が奇跡的に発掘し、著者と出版社の了承を得て独占掲載するものです。
化粧品メーカー「アフロディテ」のシステム部課長 白瀬智裕は、情に厚い熱血漢。営業畑出身でITの知識はないものの、力量を見込まれて社運を握る新システム「エンジェル・サイト」のPMに任命された。
エンジェル・サイトの要件定義を通じて一回りも二回りも成長した白瀬は幹部候補となり、お世話になったITコンサルティング会社「A&Dコンサルティング」に出向し、トップコンサルタント江里口美咲の下でIT戦略を学ぶことになった。
機械部品メーカーの生産管理システム、小売りチェーンの店舗管理システム、宿泊施設向けパッケージソフトのカスタマイズ――多種多様な業種のトラブルプロジェクトを美咲と共に解決してきた白瀬が今回立ち向かうのは、銀行の与信管理システム(バグ絶賛発生中)だ!
「冗談じゃないよ! 有馬社長。アンタら提案のときには、『銀行の与信審査業務なら全部分かってるから任せろ』なんて自信満々に言ってたじゃないか。それが開発させてみたら、融資先ごとの信用枠計算は間違いだらけだし、ALMシステム(※)との接続もまともにできない。揚げ句、自分たちは箱根の与信管理を良く分かってなかったから、もう一度勉強し直して、要件も見直したいだって? どこまで厚かましいんだ!」
小規模ながらも、地元の宿泊施設や商店との強い信頼関係で着実な営業を続けている箱根銀行。その小さな会議室で、情報システム部係長の草津が、ゴールウェイテクノロジー社社長の有馬を怒鳴りつけるのを白瀬は聞いていた。
草津はまだ30歳を超えた辺り。一方の有馬は60歳にはなっているだろう。白瀬は、理由はともかく自分の父親ほどの年齢の人間を高圧的に怒鳴りつけている草津を苦々しく感じていた。
確かに、箱根銀行情報システム部の実質的な中心メンバーであるこの草津という男が激高する気持ちも、分からないではない。ゴールウェイが請け負った箱根銀行の与信管理システムは、テスト段階で多数の不具合が発生した上に、他のシステムとの接続方式をめぐる認識の食い違いがこの時期になって発覚した。これにより、当初予定していた2018年1月の本稼働が絶望的といっていい状態に陥っていたのだ。
しかし、体育会出身のせいか長幼の序にうるさい白瀬には、まだ分別も経験も足りない若さの草津が、客の立場をいいことに初老の紳士を怒鳴りつける姿が、どうにも納得できなかった。
「い、いえ草津さん。われわれはその、全部任せろとか、そこまでは申しておりませんで、その……」
草津の声を深く下げた頭のてっぺんで受け止めていた有馬が、その日初めての反論を試みたが、草津の勢いは止まらなかった。
「いいや。アンタは確かにその口で、『他行で同じようなシステムを幾つも作ってきた』『金融業務に精通したメンバーが万全の体制で臨む』って繰り返し言ってたじゃないか! このシステムのリリース遅延が、当行の経営にどれだけダメージを与えるのか、分かって言ってるのか!」
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