IoTがさまざまな業界で活用されている。酪農や畜産業も、例外ではない。本稿では、IoTで牛の健康管理を実現したファームノートに、サービス開発秘話を聞いた。
IoT(Internet of Things)への取り組みが進んでいる業界といえば、真っ先に製造や建築、公共を思い浮かべる方が多いだろう。「モノのインターネット」ということで、生物ではない“モノ”にセンサーを付けてデータを取得すると思いがちだが、意外なところでは農業でIoTを活用する事例も出てきている。生物をデータ化、もっと言えば“デジタル化”することでビジネス拡大につなげるデジタルトランスフォーメーションが進みつつあるのだ。実際、農業でIoTはどのように活用されているのか。またエンジニアにとって、どのような可能性がある分野なのか。農業IoTを進めるファームノートに話を聞いた。
ファームノートは北海道帯広市に本拠を構えるITベンチャー企業で、酪農や牛の畜産を営む農家の経営管理や業務効率化を支援するWebサービス「Farmnote」を提供している。2014年11月にサービス提供を始めたFarmnoteは、既に1600件の農家で利用されている。さらに2016年8月からは、Farmnoteと連動することで牛に関するさまざまなデータを収集できるIoTデバイス「Farmnote Color」の提供を開始した。
ちなみに同社の前身となるスカイアークは、帯広に本社を構えながらも農業とは一切縁がなく、東京の大企業向けにCMS(Contents Management System)をはじめとする情報活用・生産性向上ソリューションを提供するシステムインテグレーターだ。そんな同社が農業分野へ進出したのは、たまたま地元の企業から「農業のIT化」について相談を受けたことがきっかけだった。
「それまでも酪農や牛の畜産農家の業務を支援するパッケージソフトウェアは、世に存在していました。しかし使いこなすのがとても難しく、ITと農業に通じたコンサルティングの方でさえ、使いこなせるようになるまで約半年かかっていました。当然のことながら、農家の人が直接使えるようなものではありません。そこで、農場の見える化と経営改善の機能を、スマートフォンを通じて誰でも簡単に使いこなせるWebサービスとして提供できないかと考えました」
こう語るのは、ファームノートの親会社に当たるファームノートホールディングスのCTO(最高技術責任者)を務める谷内元氏だ。早速Farmnoteの開発・運営に特化した新会社を立ち上げたものの、実際にサービスの検討、設計を始めてみると、苦難の連続だった。
「酪農や畜産に関する予備知識が全くない状態からスタートしましたが、いざ調べ始めると実にさまざまな研究分野が絡み合う、とても奥が深い世界だということが分かりました」
例えば畜産1つとっても、獣医師や家畜人工授精師、牛削蹄師といった、専門的な職業の人が多様に関わっている。また酪農か畜産かによって、必要となる知識も変わってくる。
「そのため、まずはさまざまな専門分野の文献や論文を読みあさって勉強するとともに、コンサルタントや獣医師などを新会社に迎え入れて知見を取り込んでいきました」
Farmnoteは、スマートフォンやPC端末とクラウドサービスを組み合わせることで、酪農や牛の畜産を営む農家の業務を支援する。中でもメインの機能が、「牛の管理」だ。
農家にとって牛は商品であり、しかも豚や鶏と比べ単価が極めて高いため、保有する牛の健康管理にとことん気を配る必要がある。例えば酪農であれば、乳牛からなるべく多く搾乳できるよう、牛の種付けと妊娠を計画的に行う必要がある。そのためには、牛に周期的に訪れる発情期を見逃さず、ベストなタイミングで種付けを行わなければならない。
しかし、発情の兆しを確実に検知して発情期を正確に予測するのは、ベテランの酪農家でも容易なことではない。また多くの牛を保有している農家では、1頭1頭の個体の状態を日々追跡するだけでも膨大な手間がかかる。しかも多くの場合、各個体の観察結果や、施した処置の内容などは紙の書類で管理されており、その内容から発情期を正確に割り出したり、次に施すべき処置を導き出したりするのは簡単ではなかった。
Farmnoteは、農家が抱えるこうした課題を解決すべく、牛1頭1頭の状態や作業履歴の詳細情報を500項目に分類して、クラウドデータベース上で一括管理できるようにした。ユーザーはスマートフォンを使い、牛舎や牧場で作業を行ったその場で、作業内容や牛の状態に関する情報を登録できるとともに、各個体の過去の飼育履歴や病歴、発情期などの情報をその場でクラウドデータベースから取得、参照できる。
スマートフォンアプリはiOS版とAndroid版が用意されているが、「React Native」によるクロスプラットフォーム開発を採用することで、iOS版とAndroid版のどちらも単一のソースコードで開発した。またユーザーがアプリを通じて登録したデータは、まずはAWS(Amazon Web Services)上のクラウドデータベース(Amazon S3)に保管され、そこから「Apache Spark」に送られてオンメモリ環境上で高速に分散処理される。用途によっては、「Google Cloud Platform」(GCP)上の高速ビッグデータ解析サービス「BigQuery」も利用している。
またクラウド上でのデータ集計と分析処理は、複数のフェーズにわたって行われるため、全体の処理フローを管理する「ジョブ管理」の仕組みが必要になる。通常はAWSやGCPが提供するサービスの機能でまかなうことが多いが、Farmnoteのデータ処理は極めて高度かつ複雑なので、既存サービスでは要件を満たせなかった。そのため、オープンソースソフトウェアのワークフローエンジン「Digdag」をFarmnoteのジョブ管理に適した形にカスタマイズし、IaaS環境上で稼働させている。
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