今回は、自社が持つコアコンピタンス(企画力やIT/ITサービスマネジメント)を結集させれば、思わぬ新規顧客開拓のポテンシャルがあるのではないか? という可能性を一緒に探ってみたい。
数年前から「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が各種メディアで喧伝されています。「モノからコトヘ」といった言葉もよく聞かれるようになりました。
これらはUberなど新興企業の取り組みや、AI、X-Techなどの話が紹介されるとき、半ば枕詞のように使われており、非常によく目にします。しかし使われ過ぎているために、具体的に何を意味するのか、何をすることなのか、かえって分かりにくくなっているのではないでしょうか。
その中身をひも解きながら、今の時代にどう対応して、どう生き残っていけばよいのか、「企業・組織」はもちろん「個人」の観点でも考えてみようというのが本連載の企画意図です。
著者は「モノからコトへ」の「コト」――すなわち「サービス」という概念に深い知見・経験を持つServiceNowの久納信之氏と鉾木敦司氏。この2人がざっくばらんに、しかし論理的かつ分かりやすく、「今」を生きる術について語っていきます。ぜひ肩の力を抜いてお楽しみ下さい。
今回は、まずはちょっとユニークなグッズを紹介するところから始めてみよう。世間には、三色ボールペンと言いつつ、三色全部が赤という一風変わったボールペンが存在する。これは一体何のために存在する商品か想像がつくだろうか。
実はこれ、プロ野球(NPB)の広島東洋カープが開発した、カープファン向けグッズである。ボールペン本体もチームカラーの赤なら、出てくる芯も3本全て赤。「とにかく赤!」というチーム愛を発露したいファン向けの商品だ。
何と2017年までに5万本以上も売れたらしい!
この例のように、世の中には、その企画力を武器に特定の顧客向けの製品を企画・開発・販売し、実際に成功を収めているビジネスが存在する。今回の考察の題材には、その最たる例であるスポーツマーチャンダイズを取り上げてみたい。例えば帽子やTシャツ、ボールペンのような、平たく言えばスポーツのファングッズの企画・販売ビジネスのことだ。
今回の論点を先に書いておくと、(1)売り手は、企画力やITをバランスよく結集すれば、買い手が求める要件のスコープを自社に都合よく変更できるかもしれない、(2)しかし、そこでも一貫してユーザー体験がビジネスの明暗を分ける鍵となる、(3)そして、売り手のコアサービスや実現サービス(注)の価値を高めるにはITの力は必須である、という3点だ。
注:「コアサービス」「実現サービス」については、連載第1回「あらためて『デジタルトランスフォーメーション』って何?」も参照されたい
もう1歩踏み込んで述べると、本連載ではこれまで既存顧客をディスラプターに奪われないための守りの視点が多かったが、今回は実際に新規顧客を開拓した攻めの事例を参考に、ITとITサービスマネジメントが果たす役割を考えてみたいのだ。
議論を進める前に、皆さんと共通見解にしておきたい点が1つある。それはファングッズ販売の特徴だ。ファングッズは、決して世間で広くあまねく売れはしないけれども特定の顧客層(要はファン)には売れる(三色赤ボールペンが良い例だ)。かつ、詳細は後述するが、特定のタイミングに猛烈に売れるという側面もある。だからそういった商品をタイムリーに、かつ継続的に開発提供し続けることがこのビジネスの成功要因となる。
先週開幕したばかりの2018年のプロ野球(NPB)において、最も多くの球団から採用されているユニフォームのメーカーはどこの企業かご存じだろうか。実にNPB全12球団のうち5球団に採用されているのだが。かつての高校球児や野球少年なら、ミズノやゼットといった野球用品メーカーを思い浮かべるのではないだろうか。
実はそれは、マジェスティック・アスレティック社(以下、マジェスティック社。2017年にファナスティック社に買収されている)という米国系企業だ。NPBの5球団や、米国メジャーリーグ(MLB)の全30球団にも独占的にユニフォームを提供している。日本では2014年に1球団に初めて採用されたのを皮切りに、2016年に3球団、2017年にさらに1球団を開拓してトップに躍り出た格好になっている。実はこの躍進は、プロスポーツのマネタイズ、つまりプロ野球球団の商業的な成功と密接に関わっている。
このマジェスティック社とはどんな会社だろうか? 筆者の理解では、総合的な野球用品メーカーではない。どういうことかというと、この会社は親会社も含めて、野球のグローブやバット、スパイクやボールを販売していない。あくまでもユニフォーム(試合着、練習着、キャップ、ウィンドブレーカーなど)を提供しているのみだ。なので、野球用品メーカーというより、機能性の高い衣料品を提供するスポーツアパレルメーカーと捉えた方が、われわれには理解しやすいのではないだろうか。
ではなぜ総合野球用品メーカーではない企業が提供するユニフォームを、NPBの5球団やMLBの全球団は採用しているのだろうか? 前置きが長くなったが、実はこの意思決定が、顧客がコアサービスに求める要件の変化と表裏一体の関係になっている。
あくまで筆者の理解に基づくが、かつてのプロ野球球団は、ユニフォームが他の野球道具と併せて総合野球用品メーカーから包括的に提供されるのが一般的だったと思われる。対するメーカー側は、自社のロゴ入りの野球用品をプロ選手に使ってもらうことで、広告宣伝効果を得ていた。球団は「包括的な野球道具の提供を通したプレイのサポート」をコアサービスとして享受し、メーカーは、「自社野球用品の一般市場での販売促進効果」を得るWin-Winの構図だったわけだ。押さえておきたいポイントは、メーカーが利益を回収する場は、あくまでも「自社汎用野球用品の一般市場での拡販」である点だ。
時を経て、アパレルメーカー(非総合野球用品メーカー)のユニフォームが、プロ野球球団に採用されている。ただしこれには以前とは異なる動機がある。マジェスティック社の提供サービスにボールやバットは含まれない代わりに、実はファングッズの開発提供サービスが含まれている。そのコアサービスは、「ユニフォーム(のみ)を通したプレイのサポート」と「豊富なオリジナルファングッズの企画・開発・提供」とで構成されているのだ。
つまりマジェスティック社は、オリジナルファングッズに関する豊富なアイデアをタイムリーに球団に提案し、採用されればタイムリーに製造・販売するというサービスを提供している。これにより、マジェスティック社は「自社製のファングッズがたくさん売れればもうかる」し、球団も「ファングッズがたくさん売れれば豊富なライセンス料収入が得られる」という、以前とは全く異なるWin-Winの構図が成り立っているのだ。
ファングッズの拡販は、プロ野球球団が商業的にも成功を収めるためにはなくてはならないビジネスの柱である。入場料やTV放映権収入にはよくスポットが当たるが、ファングッズの売上も侮れない。前述の広島東洋カープを例に取ると、2016年決算では売上高182億円のうち、53億円がグッズの売上からもたらされている。何と売上の3割近くをファングッズ販売が占めているという計算になる。
このように、ファングッズの拡販を主業としてサポートしてくれるマジェスティック社のような存在は、プロ野球球団の“経営”にとって心強い“ビジネス”パートナーに違いない。
プロ野球球団(=顧客)が野球用品提供者に求める要件は、時代と共に変わったのだ。皆さんと確認しておきたいポイントは、この事例を参考に、先入観にとらわれず市場を眺めれば、自社が持つコアコンピタンスを武器に顧客のビジネスパートナーになれるチャンスは思いの他多いはずだ! という点だ。Think Big! 大きく考えよう!
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