契約停止、主要エンジニアの引き抜き、メインバンクへの垂れ込み――大手カーナビベンダー「プレミア電子」は、なぜカーナビソフト開発会社「ジェイソフト」を執念深く追い詰めるのか。
連載「コンサルは見た!」は、仮想ストーリーを通じて実際にあった事件・事故のポイントを分かりやすく説く『システムを「外注」するときに読む本』(細川義洋著、ダイヤモンド社)の筆者が@IT用に書き下ろした、Web限定オリジナルストーリーです。
カーナビベンダー「プレミア電子」が、カーナビソフト開発会社「ジェイソフトウェア」との契約を突然打ち切った背景には、彼らの黒い思惑があった。
ドイツのメーカーが日本に進出する前に技術力のあるジェイソフトを子会社化したいプレミアは、次なる「作戦」に打って出る。
第1話 ベンチャー企業なんて、取り込んで、利用して、捨ててしまえ!
第2話 大手の下僕として安定の日々を送るなんて、まっぴらゴメンだね!
第3話 あまっあまのスイーツ社長なんて、大手に利用されて当然よ!
第4話 日本の市場は日本のものだ。ドイツなんかに取られてなるものか!
「や、辞める?」
「ジェイソフトウェア」の小さな社長室に、三浦の声が響き渡った。目の前には会社立ち上げ時から三浦を支えてきた3人のエンジニアが立っている。
「申し訳ありません」
真ん中の1人がそう言い、3人がそろって頭を下げた。
「何とか考え直してもらえないか。君たちがいなくなったらウチは……」
目の前にいる3人は、カーナビソフト「ボカ」をイチから開発してきたメンバーだ。彼らなしには今後大きな支障を来たすのが目に見えている。
「申し訳ありません、社長。しかし……その……」
今度は、右側に立つ年長のエンジニアが口を開いた。
「何だ、言ってくれ」
三浦の声はややかすれていた。
「申し上げにくいのですが、この会社ではもうボカの開発はできないのではないですか?」
「何を言い出すんだ。うちは、まだこれから……」
「ですが、カーナビベンダー最大手の『プレミア電子』との契約がなくなれば、資金繰りが苦しくなるでしょう。新しい取引先を探そうにも、交渉上手だった松井さんがいなくなった今となっては、それもできないでしょうし」
エンジニアたちの不安に、三浦は返す言葉がなかった。確かにジェイソフトはこれから、顧客も資金も失う。さらに古参の技術者たちに去られては、もはや会社としての体をなさなくなるだろう。
うなだれる三浦に、左側の若いエンジニアが言った。
「われわれは、ボカをまだまだ良いモノにしたいんです!」
その言葉に、残り2人が慌てた様子を見せた。「おい」と真ん中の男にたしなめるようにつつかれ、若いエンジニアは「あっ」と声を漏らした。
ボカを良いモノにするだと?――三浦は3人の顔をにらみつけた。
「ウチでは続けられないボカの開発をよそで続ける……つまり、君たちはプレミア電子に引き抜かれるってことか!!!」
声を上げる三浦に、3人は慌てて頭を下げた。
「と、とにかく、私たちは今月いっぱいで退職させていただきます。い、今までありがとうございました!」
技術者たちはそれだけ言うと、そそくさと社長室から出ていった。
「プレミアの木村の仕業か。どうして、こんなヒドいことを……」
三浦が憔悴(しょうすい)した顔で席に腰を下ろそうとしたそのとき、今度は経理社員が小走りに社長室に飛び込んできた。
「社長! 大変です! う、浦和銀行が、われわれとの取引を打ち切りたいと……」
「何だって!」
三浦は今度は飛び上がった。浦和銀行はジェイソフトのメインバンクだ。取引停止は即、廃業を意味する。おろおろする三浦に、経理社員は震える声で続けた。
「わが社とプレミアとの契約がなくなることが、銀行に知られたようです」
「誰が一体そんなことを……」
そこまで言いかけて三浦は、突然黙り、力なく椅子に座り込んだ。
これも、あの女か……。プレミアの木村が、ジェイソフトを追い込むために契約を止め、社員を引き抜き、そして銀行にも不利な情報を流したに違いない――そこまで思い至ると、三浦はゴミ箱を蹴飛ばした。
あまりのけんまくに驚いた経理社員が逃げるように社長室から出ていくと、三浦は頭を抱えて考え込んだ。なぜプレミアが自分たちを追い込もうとするのか、理由が分からなかったからだ。
必死の思いで会社を立ち上げ、ボカを生み出した。土台は、自分と松井が20年以上積み上げてきた技術やノウハウだ。いずれも2人が血のにじむような努力をして得たものだ。それを、その大切なボカと会社を、大手企業が勝手な都合と思い付きでいとも簡単に奪い取ろうとしている。
「なぜだ!!!」
三浦は、両の拳を机に叩きつけ、絶叫した。
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