「間もなく上長の承認が下りるから」「正式契約の折りには、今までの作業代も支払いに上乗せするから」――顧客担当者の言葉を信じて、先行作業に取り組んだシステム開発会社。しかし、その約束はついぞ守られることはなかった……。辛口コンサルタント江里口美咲が活躍する「コンサルは見た!」シリーズ、Season2(全8回)は「AIシステム開発」を巡るトラブルです。
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「コンサルは見た!」とは
連載「コンサルは見た!」は、仮想ストーリーを通じて実際にあった事件・事故のポイントを分かりやすく説く『システムを「外注」するときに読む本』(細川義洋著、ダイヤモンド社)の筆者が@IT用に書き下ろした、Web限定オリジナルストーリーです。
「契約後に払うからと言われて、タダで散々機能を作らされた揚げ句、商談は中止。そこまでの作業費用を取れなかった上に開発したソフトウェアまで持っていかれちゃった……随分と間の抜けた話ね」
自分が送ったメールをスマホで読みながら鼻で笑っている女に「日高達郎」はいら立ちを隠しきれなかった。
女の名は「江里口美咲」。「A&Dコンサルティング」という大手コンサルティングファームのITコンサルタントだ。ユーザー企業のIT戦略策定やベンダー企業のソフトウェア開発の品質改善で多くの実績を残す一方、システム開発を巡るトラブルについても多くの知見を有しており、「こんなシステムを作ったベンダーには金なんか払えない」「いや、プロジェクトの失敗はユーザーが悪いのだから費用はもらう」といきり立つ当事者の間に入り、開発やその役割分担のあるべき姿について双方が納得いくように解説しながら仲裁を行う仕事もしているそうだ。
「し、仕方がないじゃないですか。あんな風に話を持っていかれたら、誰だってわれわれと同じ目に合います。わ、われわれは騙(だま)されたんです。被害者なんですよ!」
まだ30歳そこそこで血気盛んな日高が声を荒らげた。
「仕方がない?」――それまでメールを見ていた美咲の目が真っすぐに日高に向けられた。
「だったら、こんなところに来ないで、そう上司に言えばいいじゃない。『僕たちは何も悪くないのに相手が巧妙で騙されちゃいました。仕方ないんです。諦めましょう』って」
「そんなこと……」
「できないんでしょ? 上はアンタに『契約前作業で被った被害の補填(ほてん)をできないか相談してこい。同じような目に合わないための反省点、改善点も明確にしろ』って言ったんでしょ? つまり、アンタたち自身に非があったと認めてる。だったら被害者ぶってないで、あったことを全部話してごらんなさいよ」
日高は返す言葉が見つからずに黙り込んだ。
日高は都内の中堅ソフトウェア開発企業である「マッキンリーテクノロジー」の営業だ。もとITエンジニアなので、マッキンリーが得意とする人工知能(AI)を活用したシステム開発をよく理解している。自社のエンジニア抜きでもシステム開発の受注を獲得できる優秀な技術営業だ。
(畜生、あの生駒ってシステム企画部長が……)
彼は唇を噛んだまま下を向き、「北上エージェンシー」のシステム企画部長「生駒健司」との会話を思い出していた。
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