内閣府 宇宙開発戦略推進事務局 準天頂衛星システム戦略室 室長補佐の小林伸司氏は、「数センチの高精度な衛星測位システムを『測位補強』と位置付けており、端末と衛星に加え、『電子基準点』と呼ばれる地上のインフラを併用したシステムで成り立っている」と説明する。
数センチ級の測位には「専用の受信チップ」が必要である旨を前述したが、その理由の1つが「電子基準点」を併用したシステムへの対応が求められる点にある。高精度の測位を行うためには、衛星と端末だけでは限界があり、国土地理院が全国約1300箇所、約20キロ間隔で全国に設置した電子基準点の利用が要求される。原理は至ってシンプルだ。
内閣府 宇宙開発戦略推進事務局 準天頂衛星システム戦略室 企画官の飯田洋氏は、「電子基準点は、地図作成、測量の基準、地殻変動の監視などの目的で設置されているが、高精度測位にも利用されている。同じ衛星から同時刻に送信された電波を、電子基準点と端末側の両方で受信し比較することで、正確な位置が分かる」と説明する。測位補強のシステムは、通常のGPS信号に加え、誤差情報も同時に端末に向けて送信することで正確な測位を実現しているわけだ。
先のSAPC松岡氏のコメントで「補強信号」というキーワードが出てきた。この「補強」のための誤差情報を含んだ電波を受信できなければ数センチ級の測位ができないということだ。
ちなみに、このシステムは「国土地理院の電子基準点を利用するので現時点では日本国内だけが対象となるサービス」(飯田氏)だと明かす。なるほど、ドメスティックに閉じたシステムであれば、前述のように、グローバル端末化したスマホには導入されにくい事情も理解できる。
写真の青い端末は、「QZ1」と呼ばれる測位信号の受信機(補強信号SLAS(Sub-meter Level Augmentation Signals)を受信するコード受信機)だ。測位したデータをスマホなどに向けBluetoothで送信できる。手に持ったタブレットに向けて送信しており、「QZS Prove Tool」というアプリで電波の受信状況をリアルタイムに可視化することができる。
「QZ1」を北東に開いた窓際に置き電波の状況を確認したところ、4つの緑色の●は「受信良好な衛星」を示し、赤い色は「受信が十分ではない衛星」を表している。建物の影に隠れたり、仰角が小さくなったりしている衛星は全て赤色で示されている。
ただ、「建物の影になっている衛星であっても、電波が前のビルに反射して入ってくるので、不十分な受信ながら見えている状態」(松岡氏)だそうだ。
反射波を「マルチパス」と称し、都市部では、このようなビルに反射する電波が多いことも測位精度を乱す要因だという。反射した電波を受信するわけだから、衛星と端末との間の距離が複数存在することになり悪影響を与えるのだ。試しに、屋外で測位したのが次の写真だ。タブレットの画面が反射し見にくくて申し訳ないが、7つの衛星からの受信において良好を示す緑色が示されている。
「日本版GPS衛星が稼働するとスマホでも、数センチの誤差で測位可能になるのか」という疑問に端を発した今回の取材だが、識者の話を聞いたり、計測精度のプチ実験を目の当たりにしたりしたことで衛星測位に「ロマン」のようなものを抱いてしまった筆者であった。
今後は、日本の約3万6000キロ上空にあって人々のスマホ生活を裏方として支えている存在があることを忘れないようにしたいものだ。Googleマップでルート検索を行った際には、意識の一端を天空に向けてみたいと思う。はるか上空の「みちびき」がわれわれを目的地に導いてくれるであろう。
【訂正:2018年7月12日午後6時30分】初出時、「約3600キロ上空」という表現になっておりましたが、筆者の事実誤認であることが判明したので「約3万6000キロ」に変更しました。お詫びして訂正いたします(編集部)。
音楽制作業を営む傍らIT分野のライターとしても活動。クラシック音楽やワールドミュージックといったジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わり、自身がプロデュースしたアルバムが音楽配信ランキングの上位に入ることもめずらしくない。ITライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブといった大手出版社から多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」などの開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。
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