スピルバーグが、横山光輝が、そして全世界の子どもたちがあのころ夢見たテクノロジーは、2018年現在どこまで実現できているのだろうか?――映画や漫画、小説、テレビドラマに登場したコンピュータやロボットを、現代のテクノロジーで徹底解説する「テクノロジー名作劇場」、第4回は手塚治虫先生の「火の鳥」だ。
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「火の鳥」は、1954年から1986年ぐらいにかけてさまざまな雑誌で連載された手塚治虫先生の長編漫画である。
数十億年にも及ぶ幅広い時代を扱った、非常に長大かつ壮大な物語で、「○○編」という名称で1つ1つの物語が作られている。本稿では、ロボット「ロビタ」が登場する「未来編」と「復活編」を取り扱う。
連載時期:『COM』(1967年12月号〜1968年9月号)
ストーリーの時代:AD3404〜(復活編の後)
※前から順番に読み進めて良い
連載時期:『COM』(1970年10月号〜1971年9月号)
ストーリーの時代:AD2482→AD2483→AD3030→AD2484→AD3009→AD2484→AD2917→AD3344
※話順にこだわるなら、未来編より先に年代順に読んだ方が良い
AD2482に少年「レオナ」はエアカーで交通事故を起こし、死亡する。復活編と未来編の話はここから始まる。彼は再生ドックで手術を受け、小脳の全部と大脳の大半を人工頭脳に置き換えられて生き返る。この辺りから現代のAIで解説してみよう。
再生された直後、レオナは「見えるのは線ばかり」と言う。手塚先生が「人間が物を見ることは機械であればカメラだろう」と考えたからだろう。
復活編の執筆時期は1970年ころだが、物語の全体像を考えたのは未来編執筆時(1967年ころ)かもしれない。まだ磁気ビデオも一般的ではなかった時代のため、カメラは完全にアナログ、かつ走査線でできていた(CCDによるデジタルカメラは存在しないか、知られていない)。
医学博士号を持っていた手塚先生だけあって、「目から入ってきた映像データを脳が処理して物を認識している」という知識があったのだろう。このため、脳が人工頭脳に置き換えられたレオナは、周りの景色を「走査線で認識」するようになる、と考えたと思われる。
手術を施したニールセン博士は、レオナの人口頭脳を「人造タンパク質から作られた疑似ノイロン(ニューロン)の移植」と説明している。現代の人工ニューロンAIのように、シリコンウェハーに作られた汎用論理回路(すなわちコンピュータ)にソフトウェアで実現された算術型ニューロンではないことになる。
現代の(2018年の)人工知能ブームで流行している深層学習技術(Deep Learning)は、統計に基づく算術計算をニューロンネットワークになぞらえて計算している算術手順にすぎない。物理的な回路ですらない。今はやっているAIは物理的な人工ニューロンでもなければ電子回路でもない。データに基づく計算である。
火の鳥の物語に登場する人工頭脳は、現代の私たちが思っているような電子回路で動くコンピュータ(電子計算装置)ではなく、「人工的に作られた生体組織」という設定であり、その点が現代のAIとは違っている。
脳を人工頭脳(人工的に作られた脳細胞生体組織)に置き換えられたレオナは、無機質な建物や機械は普通に見えるが、人間や犬のような生物が「土くれ」のように見えるようになってしまう。これは、現代のAIの物体認識に非常に近いことであると私は考える。
現代の画像を利用した物体認識技術は、機械学習や深層学習によって飛躍的に進歩した。ただし、「認識」や「理解」が進んだわけではなく、ラベル付けの正解率が高まったにすぎない。
現代のAIは、写真に写っているものに「猫」とラベルを付けることはできるが、それが「猫である」と理解しているわけではない。それが「動物であり、われわれ人間と遠い親戚であり、お腹が減り、食べ物を食べ、病気で弱ったり死んだりする共通の生き物である」ことが分かるはずもない。当然、動くものをキョロキョロと視線で追い、猫パンチを繰り出す姿を「やーん、かわいー、癒される〜、もふもふ〜」と「感じる」こともないのである。
物体認識の例として、色のついた四角と番号などを表示するものを見たことがあるだろう。四角と番号だけが表示されているものと、レオナが見ているものは同じなのかもしれない。
レオナの物体認識能力は、AIの「物体認識によってラベル付けが行われるだけ」と同じレベルになってしまった。
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