成功した人が幸せになるのではなく、幸せな人が成功する――IoTで幸福度は定量化できるのかものになるモノ、ならないモノ(79)(2/2 ページ)

» 2018年10月15日 05時00分 公開
[山崎潤一郎@IT]
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団体戦で「ハピネス度」を争う

 今回のメインテーマである「Happiness Planet」は、これまでの研究を踏まえた上で、スマートフォンのアプリを使った新しい試みだ。多くの人が所持しているスマートフォンに内蔵された加速度センサーを利用して幸福度(アプリ上で「ハピネス度」と表記)を割り出し、個々や組織の幸福度向上を目指すプロジェクトである。

幸福度を計測するHappiness Planetのアプリ。職場でチームを組んで幸福度向上を競う「働き方フェス」も定期的に開催される。2018年9月の回は終了した

 専用アプリを使い定期的に開催される「働き方フェス」には、原則として職場のチームで参加し、団体戦で「ハピネス度」を争う。直近では2018年9月3〜23日の3週間で実施された。3週間と期限を設けた理由について矢野氏は「3週間程度なら、飽きないで取り組めるから」と教えてくれた。今回は、さまざまな業種から175チーム、1623人が参加した。企業だけではなく、中には教育機関や官公庁なども含まれているという。

 期間中参加者は、毎朝アプリを起動しその日の「働き方チャレンジ」という目標を設定(リストから選ぶだけではなく投稿も可能)したり、お昼の3時間だけスマートフォンを肌身離さず着けてもらい、スマートフォン内蔵の加速度センサーで身体の動きをデータ化したり、1日に7回、「今、何している?」という行動についてのアンケートに任意で回答したりするなどして「ハピネス度」を定量化する仕組みだ。「スマートフォンの加速度センサーの性能でも十分なデータ取得が可能」(矢野氏)という。

獲得したハピネス度によりチームごとのランキングが表示されたアプリの画面

 Happiness Planetで重要なポイントは、加速度センサーからのデータ取得に加え、「『働き方チャレンジ』という目標設定にある」(矢野氏)という。チャレンジの内容は、「懸案事項を前進させる」といった真面目系から、「昼寝をする」といった緩いものまで千差万別だが、「内容の重要度を問うているのではない。日々の小さなチャレンジを自分の意思で積み上げる部分に大きな意味がある」(矢野氏)と力説する。

 筆者も期間中、日々試してみた。真面目系の重いチャンレジよりも「昼寝をする」「笑顔で過ごす」など軽めの目標を設定するようにしたのだが、それは1日の終わりに「完了」ボタンをタップする瞬間のプチ幸福感を味わいたかったからだ。

 重いチャレンジを設定してしまい、達成感が不十分な状態で「完了」ボタンをタップしようか、やめようかと尻込みするときのプチストレスは、その一瞬を不幸にした(ちょっとオーバーかな……)。

 ただ、筆者の場合、個人参加なので気楽に遊び感覚でアプリを試しているのだが、チーム参加の場合は、また違った感情が働くのであろうか。例えば、集団からの同調圧力のようなものに感情が左右されるといったことだ。機会があれば、チームでの参加者に取材してみたいと思う。

 このようにして、チャレンジや加速度センサーのデータなどから導き出した幸福度が「ハピネス度」という形で、翌朝にアプリ画面に表示される仕組みだ。この記事が公開されるころには「働き方フェス」自体は、終了しているが、アプリはそのまま利用可能なので日々の幸福度を知りたい人は、利用するとよい。

PDCAよりも高い付加価値が期待できる「ワクワクサイクル」

 矢野氏は、Happiness Planetアプリ利用の効果について、Will→Act→Confidence(意思→実行→自信)という幸福度向上の考え方を提唱している。意思(Will)を持って目標を決めスタートし、実行(Act)に移す。その積み重ねが自信(Confidence)となり、日々の幸福度が上がるというわけだ。

 矢野氏はこれを、「WAC WAC (ワクワク)サイクル」と名付け、「このサイクルを日々繰り返すことで仕事にも良い影響が出る」としている。

日々、ワクワクサイクルを回すことで自信が積み重なる幸福度の向上が期待できる

 業務改善における「サイクルもの」といえば、STA(Sense Think Act)やPDCA(Plan Do Check Act)が有名だが、「それらの手法で好循環を生むことができるのは、先が読めて演繹(えんえき)的に結果が予測できる分野が主になる」(矢野氏)と分析する。つまり、工場の生産量のように「課題の洗い出しが容易で、それを解決すれば、こういう結果が期待できる」と明確な目標や計画を構築できる場合には、PDCAなどが向いている。

 しかし、「結果が予測できるということは、他の誰もが実現可能な付加価値の低い取り組みを意味する」(矢野氏)と指摘。確かに、PDCAという言葉の向こう側に見えるのは「コストダウン」や「高効率」といった、同じ製品を大量に作って売りさばく20世紀型産業のありようだ。工業化社会の下で標準化されたルールに従って地道に生産性を上げれば、皆が幸せになる時代は終焉(しゅうえん)を迎えた。

 インフラとしてのインターネットが普及し、IoTや人工知能の登場で、社会全般にパラダイムシフトが起きようとしている段において、過去を踏襲した考え方や方法論に固執していたのでは、新しい世界は見えてこない。

 多種多様な価値観や考え方が複雑に交差するこれからの時代、換言すれば先が読めない時代に突入した今、企業の側も高い付加価値が期待できる新しい方法論の下で業績の向上を模索する必要があるのではないだろうか。その一つがワクワクサイクルという考え方であり、「組織の幸福度向上」という新しい形の「投資」なのではないか。

 最後は、抽象的な話になってしまったが、読者の皆さんには、「幸福度向上でクリエイティビティーが300%向上」という研究成果としての事実があることを頭の片隅に留め置いてほしい。「創造的な仕事」を実現する作法の一つに加えてみてはいかがだろうか。

著者紹介

山崎潤一郎

音楽制作業を営む傍らIT分野のライターとしても活動。クラシック音楽やワールドミュージックといったジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わり、自身がプロデュースしたアルバムが音楽配信ランキングの上位に入ることもめずらしくない。ITライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブといった大手出版社から多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」などの開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。

TwitterID: yamasaki9999


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