ラスボスを倒した後の主人公編――セキュリティエンジニアが目指すべき未来RPGに学ぶセキュリティ〜第5章(1/2 ページ)

40〜50代の経営者や管理職に向けて、RPGを題材にセキュリティについて理解を深めてもらう連載。最終回は、RPGにおける「感動のエンディング」を例に、セキュリティエンジニアの活躍によって世界に平和が訪れたという(あくまで仮想の)未来について記したい。

» 2019年07月25日 05時00分 公開
[武田一城株式会社ラック]

 40〜50代の経営者や管理職に向けて、RPGを題材にセキュリティについて理解を深めてもらう連載「RPGに学ぶセキュリティ」。第1章は「レベルアップ」編、第2章は「自分の城にあった伝説の武器で倒された魔王」編、第3章「ダンジョンに入った主人公」編、そして、第4章「転職と上級職編」として、セキュリティエンジニアがロールプレイングゲーム(RPG)における上級職と同様に高いスキルセットや経験値が必要であることをお話しした。

 今回は本シリーズの最終回にふさわしくRPGにおける「感動のエンディング」の話となる。つまり、ゲームのそもそもの目的であるラスボスを倒すことによって世界を救い、平和を実現することだ。ここでゲームクリエイターが描いた筋書きが終わり、大団円のエンディングというクライマックスを迎える。このような大団円のエンディングを目指して、RPGの主人公と同様に、セキュリティエンジニアの活躍によって世界に平和が訪れたという(あくまで仮想の)未来について以下に記していきたい。

ラスボスを倒した主人公たちと王様との関係性を考えてみる

 「魔王」「破壊神」などと偉そうな称号を持っているラスボスでも、十分なレベルアップを遂げ、レアな伝説の武器や防具をフル装備した主人公たちのパーティーには敵わない。それは、いわゆる「ゲームバランス」と呼ばれるものであり、絶対に倒せないラスボスを設定するわけにもいかないから、RPGの世界における摂理のようなものだ。この摂理に反すると、世のゲーマーたちから「クソゲー」「ムリゲー」だのというありがたくない蔑称をもらったり、SNSなどに罵詈(ばり)雑言を書き連ねられたりすることになる。そのため、ほどほどに謎解きとレベルアップを遂げたプレイヤーは、めでたくこのエンディングとスタッフロールなどを見ることができる。

 その時点での主人公の状況をもう少し深掘りしてみよう。主人公は、ゲームの舞台となる国家(や場合によっては複数の国々)の軍事力の総力を挙げても勝てなかった強大な敵に対して、生身の体で勝ててしまう超人だ。そこには、大口径の砲弾を打つ大砲や音速を超える速さで飛行しながら、追尾式のミサイルを撃てる現代の兵器のようなものはない。いくら伝説の剣や“よろい”を装備していたとしても、常人の域をあまりにも超えている。しかも、組織的な軍事力ではなく、ほんの数人のパーティーで倒せてしまうのだ。そして、何よりこれまで誰も倒せなかったラスボスを倒したことで、その世界では最強であり、誰も倒せない存在ということが証明される。つまり、その気になれば主人公にはいつでも次の魔王のような存在になることが十分可能なのだ。

 もちろん、主人公たちはその世界を救おうと立ち上がった人たちであるから、すぐさま世界をその強大な武力で支配するようなことはないだろう。しかしながら、その後の世界が主人公たちの望んだような世界にならなかったなどの場合はどうなるか。たいていのRPGには「王様」という権力者が存在する。その世界にも多少の議会的なものはあるかもしれないが、三権分立を前提とした高度な民主主義体制であることはほとんどない。つまり、専制君主がいる世界なのだ。しかも、その継承は世襲である。権力者たちは、主人公とその後の世界の在り方で意見対立が発生した場合、主人公たちを恐れることになるだろう。

貧弱な装備と少しの資金しか与えなかった王様の事情

 考えてみれば、冒険の当初に主人公たちに権力者が協力したことといえば、最弱レベルの武器や防御用の装備とわずかな旅の資金を与えることだけだ。懐具合として、それしかないのならば仕方がないが、城の中に立っているだけの衛兵は鉄や鋼でできた剣や“よろい”、“かぶと”を確実に装備している。打倒を依頼した相手は、一国の軍隊が総出でも倒せない魔王や破壊神などであり、本当に本気で倒す気があるのだろうかという疑問が湧く。そして、旅立つ主人公たちの姿は非常に残念なものだ。その手には「銅の剣」があれば良い方で、「こん棒」「竹竿」の場合もある。着ているものも、多少の装飾はあるかもしれないが、布や皮製の一般人と同じ程度のものだ。これには、権力者の悪意すら感じる。

 そもそも、権力者は魔王を倒してほしいなどとは露ほども思っていないのかもしれない。なぜなら、国家運営のためには、魔物やモンスターの脅威などはない方がいいものの、現時点で王様たち権力者はそれなりの生活ができているし、一般民衆と異なり、命の危険にさらされているわけではない。もしもの大規模侵攻の際にも、逃げるまでの時間稼ぎをしてくれる軍隊ぐらいは残っており、その際の逃亡先などの準備もそれなりにしていることが想像できる。

 つまり、王様の目的は主人公たちには少しでも魔物やモンスターの勢力を削ってもらえれば十分で、そのための最低限の装備を希望者に与えているのだと思われる。まかり間違って本気で倒されてしまうと世界の構造がガラッと変わってしまう。外敵がいなくなることで、世襲による権力継承に不満を持つ民衆に革命でも起こされるかもしれない。権力者にとってそれは絶対に避けたいことだろう。むしろ、ほどほどの外敵がいることで、民衆の目はそちらに向かう。それによって国家体制は安定すると考えているのかもしれない。

主人公と王様の考え方の違い

 このような状況から、権力者である王様は、民衆から(魔物やモンスター対策の)不満が出ないように最低限の対策をアピールしながら、現状の体制を維持し続けるという基本戦略を立てたのだと思われる。非常に消極的な戦略ながら、権力者が現状に満足していれば、この意思決定は意外と悪くない選択なのかもしれない。

 しかし、あまりにも魔物やモンスターの勢力が拡大し過ぎると話は変わってくる。王様とて安穏とはしていられなくなるからだ。そのためには、敵の戦力を削るというリスク低減策が必要になる。ただし、そこには一定の損害が出ることは必定だ。そうなると当然国力が減退してしまい、パワーバランスも変わってくる。だから、その対策を実行するのはできるだけ正規軍ではない方がいい。失敗しても国力を減じずに済むからだ。

 そこで、妙案として「真っすぐなタイプの若者を『勇者』と祭り上げることを考え付いた」のかもしれない。それであれば、外敵の勢力を削ることもできるし、脅威にさらされている民衆への対策アピールにもなり、まさに一石二鳥だ。なお、ときに王子や王女のような王族がその任に就くことが見受けられる。これは身を削る行為であり、王族自身による親征という意味でアピール効果は抜群だ。だが、その身を削る行為も額面通りには受け取れない。王族といっても王権の継承のために一定の人数は必要だが、それを超えるとただの扶養家族のようなものだからだ。そこまで身内に冷徹な判断をしているとも限らないが、王族の1人や2人が倒れたとしても、大勢として影響はないという政治的な判断は妥当性がある。

 そして、若者たちを「伝説の勇者の降臨」などと可能な限り持ち上げ、貧弱な装備と少しの資金だけで旅立たせるのだ。しかし、旅立った主人公たちも、一方的な被害者ではない。そのような装備しかもらっていないのだから、それなりの成果を挙げるだけでも凱旋(がいせん)できるし、モンスターを倒すことで、それなりの富を得ることもできるからだ。もともと、依頼した王様にラスボスを倒す気がないのだから、それで十分なのだろう。(それなりの成果を挙げた)元「勇者」として、その後に明るい人生が待っている可能性も高い。

ラスボスが倒されたことを踏まえて、王様が考えること

 しかし、そんな大人の事情に気付かず、主人公が“うっかり”ラスボスを倒して世界に平和をもたらしてしまった場合、そのことに一番の衝撃を受けるのは王様だろう。そう、主人公は王様の予想を超えるほどのあまりにも真っすぐな人間だったのだ。粗末な装備だけで旅立たせたことも、奮い立たせる要因になってしまったのかもしれない。そして、主人公たちは多くの苦労をものともしない前向きな考えを持ち、鍛錬を続け、多くの謎を解明し、伝説の武器も手に入れてしまう。そして、とうとうラスボスを倒してしまうのだ。

 そして、主人公は達成感に満ちた顔で王様の待つ城への凱旋を果たすのだ。もちろん、そこは王族だけあって、表向きは気品や余裕を見せているが、内心はパニック状態である。ついこの間まで、貧弱な装備を持って、決して強くない魔物を退治していた子どものような若者が本当に勝利してしまうとは夢にも思わなかったのだ。さぞや扱いに困ることだろう。そこで、王様は「これからどうしようか」といろいろ考えるだろう。まず考えるのは暗殺計画だ。しかし、相手はラスボスである魔王や破壊神などを倒す戦闘力を持っている。素手の状態を襲ったとしても衛兵や近衛兵などが簡単に勝てる相手ではない。これは、人選の時点で実現不可能なレベルの困難なミッションであり、万が一そのことが漏れでもしたら、簡単に王の立場を追い落とされてしまう。そもそも、決して積極的な意思決定をしないことでリスクを避ける老練な王様がこのようなイチかバチかのギャンブルができるとは思えない。

 そうなると、穏便な策に出るしかない。最もポピュラーなのは王女と結婚させ、親族として取り込む案だ。このパターンが両者にとって最もハッピーな関係だろう。ただし、すでに主人公側に意中の相手がいたり、都合の良い年齢の王女がいなかったりする場合は、この手は使えない。この案のような双方にベストな代案はなかなかなく、そうなると王様は、頭を抱えるしかない。

 このようなことにならないように、先見性のある王様であれば、先述の王族の親征という手段を打っておくのだ。万が一、ラスボスを倒してしまっても、王族であれば、何の問題もない。ここまで、戦略的に先を見通せる施政者であれば、民衆も平和に暮らせるというものだろう。

ラスボスを倒した主人公が考えること

 一方、そんな事情が裏に存在するとは全く気付かず“うっかり”ラスボスを倒してしまうような真っすぐな主人公も、全く無邪気というわけでもない。実は、ラスボスを倒したその瞬間、そのうれしさの次に大きな戸惑いが湧くことに気付く。「やったー! あれ? でも、この後どうするか考えていなかった!」ということに気が付くのだ。そして、「ラスボスを倒した瞬間に、自分が失業者になってしまったこと」さらに、「これまで鍛錬を重ねて得た戦闘力も、苦労して覚えた魔法もほとんどが必要なくなってしまったこと」にも気付いてしまう。

 だからこそ、RPGでは「勇者が人知れず姿を消した」というのが定番のパターンになるのだろう。ラスボスを倒した瞬間に勇者は世界に必要とされていないことに気付く。幸いにも手元には多くのモンスターを倒して得た資金もあり、少なくともしばらくは生活に困ることもない。また、その世界のほとんどは冒険の過程で訪れている。ひっそりと暮らせる場所の候補くらいは幾つもあるはずであり、ひとまずそこで落ち着いて将来のことをゆっくり考えればよい。王様も困っているのだから、ご褒美として金銀財宝を(手切れ金代わりに)与えるということも十分あり得る。こうなれば、株式上場を果たした起業家のアーリーリタイヤとほとんど同じだ。「派手さはないものの、この人生も悪くないな」などと感じながら安定性のある余生を過ごすことができる。

 もちろん、先述の「王女との婚姻により王族になる」というのがベストかもしれないが、どちらが良いかは甲乙つけがたいところだ。なぜなら、王族の暮らしも、礼儀や教養の習得、貴族たちとの人間関係のゼロからの構築などストレスがたまる部分も多いからだ。そして、気位の高い王族との結婚ということ自体がいろいろ大変だ。もちろん、最悪のパターンとして(王様がまず考えたであろう)「人知れず姿を消したはずが、実は暗殺だった」という場合も可能性としてはある。しかし、先述のように王様がそれほどの賭けに出ることも考えにくく、何よりラスボスを倒す百戦錬磨の主人公であり、そもそも油断してさえいなければ、暗殺成功の確率などほとんどないのだ。そのため、ラスボスを倒したほどの経験を積んだ主人公は、だいたいこのような「その後」に落ち着くのだろう。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

RSSについて

アイティメディアIDについて

メールマガジン登録

@ITのメールマガジンは、 もちろん、すべて無料です。ぜひメールマガジンをご購読ください。