開発は進んでいるのに、契約はまだ締結できない。そんな状態が2カ月もたったある日、オンラインショップ「スマホ・デ・マルシェ」開発ベンダーから、1通の内容証明郵便が送られてきた。
連載「コンサルは見た!」は、仮想ストーリーを通じて実際にあった事件・事故のポイントを分かりやすく説く『システムを「外注」するときに読む本』(細川義洋著、ダイヤモンド社)の筆者が@IT用に書き下ろした、Web限定オリジナルストーリーです。
都内に十数店舗を展開する、創業50年の高級スーパーマーケットチェーン
大手コンサルティングファーム
老舗スーパーマーケットチェーン「ラ・マルシェ」。営業主導で動いているオンラインショップ「スマホ・デ・マルシェ」の開発にぶつけるように、情シスは独自の企画「AI在庫管理システム」を役員会議で提案した。しかも、既にベンダーも決まっているという。
オンラインショップ開発スタートの際には、空いているベンダーがないからと取引実績のない中国のベンダー「ルッツ・コミュニケーション」を推薦してきたのに、しかもそれが原因でまだ契約が締結できていないのというのに、どういうことなのか?
オンラインショップ担当の小塚は、情シスの羽生に疑惑の目を向け始める……。
取締役たちの拍手のさなか、入口から社長室長が入ってきた。
室長は「失礼します」と部屋の奥まで足早に歩き、高橋社長に数枚の書類と封を切った封筒を渡し、小声で何かをささやいた。封筒は、内容証明郵便のように見えた。
高橋は手渡された書類に目を通すと、社長室長に退出するように言ってから取締役たちの顔を一通り見回し、その視線を小塚のところで止めた。
その顔に、いつもの笑顔はない。小塚は急に不安に襲われた。何事かと社長を見る取締役たちの前で、高橋は少し声のトーンを落として話し始めた。
「『ルッツ・コミュニケーションズ』が『スマホ・デ・マルシェ』の開発を中止すると宣告してきました」
宇野副社長が声を上げた。
「どういうことだ! 小塚君」
小塚は何も言えなかった。何が起きているのか、自分にも分からなかったからだ。
高橋は小塚を見たまま言葉を加えた。
「ルッツは、これまでの開発費として1億6000万円を請求してきた。場合によっては裁判も辞さないそうだ」
「そんなバカな……」
開発を放り出し、費用だけ請求するとはどういうことなのか。しかも、1億6000万円といえば、全開発費の5分の4に当たる。いくら進捗(しんちょく)が順調でも、そこまではできていないのではないか。しかも、このプロジェクトはまだ正式契約を結んでいない。ということは、もしかしたら金を払わなくてもいいのではないか――小塚は混乱する頭で、そんなことを考え続けた。
「どういうことなんだ、説明しろ!」という取締役たちの怒号は小塚の耳に入らなかった。
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