オレゴン州立大学とノーザンイリノイ大学の研究チームが、仮想現実(VR)利用時の一般的な動作が体にどのような負担をかけるのか、実験によって調べた。意外なことに仮想オブジェクトの高さが不適切だと、わずか3分で筋肉痛が生じ、作業効率も低下することが分かった。
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オレゴン州立大学とノーザンイリノイ大学の研究チームは、仮想現実(VR)利用時の一般的な動作が筋挫傷や筋肉痛を引き起こすかどうかを調べる研究を行い、その結果をまとめた論文を『Applied Ergonomics』誌に発表した。
VRはゲームに加えて教育や産業訓練でも急速に利用が進んでおり、この研究はVRユーザーの将来にわたる安全確保を目的としている。
VRが登場する以前にもPCを利用した作業環境にはさまざまな課題があった。長時間のコンピュータ利用による眼精疲労と頭痛、キーボード操作による肩こりや手根管の炎症といった課題だ。だが、VRにはこのような知見がまだほとんどない。
オレゴン州立大学保健・人間科学学部の研究者ジェイ・キム氏は次のように語る。
「VRや拡張現実(AR)の利用に関する基準やガイドラインは存在しない。われわれはこうした技術のインタフェース設計を改善することで、筋骨格障害などの発生リスクを低減することを目指した」
従来のコンピュータユーザーとは異なり、VRユーザーはヘッドセットを着け、全身を動かす。研究者は被験者の関節と筋肉にセンサーを取り付け、モーションピクチャを使用して動きと筋電図信号を記録し、VRの一般的なジェスチャーを行っているときの筋肉の電気的活動を測定した。10人の男性と10人の女性が被験者となった。
被験者はOculusのVRヘッドセット「Oculus Rift」を着け、円の中の特定のドットを指さしたり、特定の領域内を指で色塗りしたりするよう求められた。
研究では作業対象の位置の違いが、被験者にとってどのような影響を及ぼすのかを調べた。作業対象が被験者の目の高さ、目の高さの15度上方、15度下方、30度下方に見える設定でそれぞれテストを行った。
キム氏によると、角度にかかわらず、腕を真っすぐ伸ばす動作は3分間で肩こりを引き起こした。VRは長い時間使う必要がある場合が多く、こうした操作は“ゴリラ腕症候群”や腱板損傷のような重大な健康問題につながる恐れがある。
また、重いVRヘッドセットは頸椎に負担をかけ、首を痛めるリスクがある。
研究チームは、VR開発者が今後、ユーザーの負担を最小限に抑えたゲームやプログラムを設計できるように、オブジェクトの最適な配置と角度のベースラインを確立することを目指した。
首と肩の動作に注目したところ、被験者が頭を15〜30度下に傾けなければならないとき、色塗り作業のパフォーマンスが最も落ちることが分かった。
さらに、作業対象が目の高さの15度上方にあると、最も無理な姿勢になり、筋肉活動が最大になることも観察から分かった。被験者が首をそらし、腕を上げた姿勢の継続を強いられたからだ。目の高さの15度上方にある対象を指さす作業が、最も負担が大きかった。
「この研究結果から、頻繁に操作するようなVRオブジェクトは、ユーザーの身体の近くに配置することをお勧めする。配置する高さは、目より高くても低くてもよくない。目の高さに配置すべきだ」(キム氏)
現在、VRへの需要が高まっていることを考えると、今回の調査結果は大きな影響を与える可能性がある。技術アナリストは、2023年までに世界でおよそ1億6800万人が何らかの形のVRを利用すると予測している。ユーザーの大部分はゲーマーだがそれだけではない。医療や防衛、教育、訓練にまで広がっていく。例えば、石炭採掘では、訓練生はVRを使って、現場で一から学ぶには危険なスキルを練習する。
今回の研究の最大の目標は、過去の過ちを繰り返さないことだ。キム氏によると、PCが登場した80年代から90年代には、手遅れになるまで作業を続けており、リスクについては考えていなかったのだという。
「われわれは被害が生じた後ではなく今、VRの危険性について学びたい」(キム氏)
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