PBX業界もMicrosoftの脱PBXの動きに対し、手をこまねいて見てはいない。クラウドPBXで対抗している。国内最大のPBXベンダーであるNECの子会社、NECネッツエスアイは2019年11月、三越伊勢丹グループでクラウドPBXを稼働させたことを発表した。電話機の台数は約2万台で、クラウドPBXとしては国内最大級である。
従来、各店舗に設置していたPBXをクラウドに集中することで設備コスト、運用コストを削減できただけでなく、他のサービスとの連携が容易になった。
デパートで働く人の大多数はOfficeアプリを必要としない。電話が使えればいいのだ(図2)。そんな環境にTeamsの電話サービスを導入すると余計なライセンス料を払うことになる。工場、鉄道や電力会社の保安運用のための電話にもTeamsは不向きだ。
オフィスにおいてもTeamsがPBXベンダーのクラウドより有利とは限らない。チャットも、ビデオ会議も、電話も何もかもTeamsに統合しなくても、例えばクラウドPBXとZoom Video Communicationsの「Zoom」を使えば同じことはできる。
ペンチとハンマーをくっつけて1つの道具にしても使いにくい。複数のクラウドを使うという選択肢も検討すべきだ。
先ほど紹介した通り、KDDIは電話の運用を内製化できることをメリットとして挙げている。これは明らかな間違いだ。
例えば、人事異動や組織改変があると膨大な数の電話機の移設や追加が必要になる。クラウドの設定変更も大変だ。電話機の工事やクラウドの設定を内製するなど無駄だ。そのための人材を自社で抱えるのはコスト高になるだけでなく、企業の事業目的にそぐわない。
ならばKDDIに頼んで進めてもらうのか? 果たしてその費用はPBX業者より安いのか? その可能性は低い。なぜならPBX業界の人件費はIT業界より安いからだ。
図2左に保守、運用、サービスデスクとあるのに注目してほしい。PBXベンダーは電話の運用の大変さをよく知っているので、これらをちゃんと書いてある。
「明日、営業部に派遣社員がくるから電話を2台増やして」と言われれば、すぐ付けなければいけない。Teams+FMSという構成のクラウド電話では、誰が電話機を付けてクラウドの設定変更をするのだろう? 企業が電話のクラウド化を検討するときには、費用の面でも、対応の早さでも、運用がレガシーなPBXと同等以上であることを確認すべきだ。
企業がこれからのコミュニケーションサービスをどう発展させて行くか、その仕組みとして何を使うかは、それぞれの企業の利用環境や働き方で大きく異なる。選択肢は1つではない。求められる機能や使いやすさ、コスト、運用性を総合的に検討し、的確な選択をしたいものだ。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。企画、提案、設計・構築、運用までプロジェクト責任者として自ら前面に立つのが仕事のスタイル。『自分主義-営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(日経BP社刊)『ネットワークエンジニアの心得帳』(同)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)を経て、現在、NECセキュリティ・ネットワーク事業部主席技術主幹。
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