次の不穏なポイントは、すぐにやってきた。しかしベンダーの対応は、このときにも緩かった。
ベンダーは、システムの初期リリース分を一応、完成させた。しかし、ユーザー企業はその代金を最初の数カ月こそ支払ったものの、数カ月後には支払わなくなった。ユーザー側の資金繰りが苦しいことが理由だった。
そこでユーザー企業とベンダーは、ユーザー企業の支払額を軽減させるため、支払期日を遅らせることを趣旨とした確認書を取り交わした。この間もユーザー企業はベンダーの制作したシステムを使い続けた。
これまでに付き合いがあり、それなりに信頼のおける企業ならともかく、初めての、しかも中小企業を相手にする場合、支払いの延期は果たして妥当だっただろうか。今月払えないものが来月払える道理などなかったのではあるまいか。
支払いがなされないことを機に契約の打ち切りを考える必要はあった、と私は思う。ユーザー企業はシステムを使ってサービスを開始している。それにもかかわらず支払いがないのは、そもそもビジネスモデルが成り立っていないということだ。このまま続けても、支払いを復活できる可能性は低い。
しかもこの時期、ユーザー企業の講師でベンダーと会話をしていたと思われる人間が3人、ほぼ同時に辞めている。
給料の遅配もあったらしい。それらを総合して考えれば、ここはやはり、損を覚悟でプロジェクトを中止すべきだった。「結果論だ」と言われるかもしれないが、そう決断をする材料は幾つもあった。これまで支払った費用を取り戻したいとの考えもあったかもしれないが、そこは損切りするのが、ベンダーの経営上、妥当な判断ではなかったか。
しかしベンダーは取り交わした確認書を信じ、プログラムの提供を続けた……。
その結果が以下である。
しかし結局、ユーザー企業は確認書で約束した金額すら支払うことができなかった。このためベンダーは、プログラムの提供をいったん中止した。
ところが、これに対しユーザー企業代表者は、ベンダー代表者に電話をかけ、脅迫的な言辞を述べた(「なぜ、ソフトを止めるのか」「子どもたちの夢を壊すようなことはしないでほしい」「気を付けた方がいいよ」「どうなっても知らないよ」など)。このためベンダーは、代金の支払いがない中、やむを得ず本件プログラムの提供を続けた。
ドラマのような話だが実話である。ベンダーはその後も数カ月間、プログラムの提供を続けた。その間、開発に関わるコストだけがかさみ、ベンダーも経営的に大きな打撃を受けた。
ベンダーは数カ月後にようやくプログラムの提供を中止したが、もっと早い段階で決断ができたはずである。使った費用の回収をどうしても諦めきれなかったのか、脅しに屈したのか。いずれにしても賢明な判断とはいえない。
このように脅迫まがいのことを言うユーザー企業は、さすがに珍しいかもしれない。しかし、経営的に逼迫(ひっぱく)してきたユーザー企業は、よく居直ったような発言をする。「ここでやめたら御社も丸損じゃないですか」「ウチはいつでもやめていいんだ」――こうしたせりふは、私もIT紛争の事例で何度か見聞きした。
経験上、ユーザーからこんなせりふが出るときには、プロジェクトもユーザー企業の経営自体も、かなり逼迫している場合が多い。
プロジェクトをとにかく完遂しなければ商売が立ちゆかなくなる。さりとてベンダーに支払うお金もない。ならば、とにかく最後までやってもらって、支払いは利益が出た後にしたい――そんな都合のいいことを考えるユーザーは、こうした居直りを見せる。もちろん、全てがそうではないが、このようないきさつで破綻していったプロジェクトやユーザー企業が複数あることも事実だ。
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