代金を支払わないからシステムを引き上げるなんて、どういう了見だ!「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(80)(3/3 ページ)

» 2020年09月28日 05時00分 公開
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ポイントは幾つもあった

 裁判所の判断はどうだったのだろうか。

東京地方裁判所 平成14年9月17日判決から(つづき)

原告は、仕事を完成させて被告に利用させている以上、本件確認書で確認された内容に基づき、被告に請負代金の支払いを求めることができるというべきである。

 なお、被告は、原告が本件プログラムが停止したりすることがないよう、エンジンをメンテナンスすべき義務があり、原告の同義務の不履行をも主張するが、本件確認書の文言上、原告の請求する400万円は、本件プログラムの製作費であり、その後の提供に対する利用料とは無関係であることが明らかであるから、この主張も理由がない。

 判決はベンダーの勝利となり、ユーザーには費用の支払いが命じられた。

 しかし、本件はベンダーの受注活動にとっても課題を残すものであったことには変わりない。結果論となるが、ベンダーの現場は初動から間違えていた。

 非上場のユーザー企業だったので財務諸表を公表していなかったが、契約に当たり、財務諸表の開示を求めることはできたはずだ。ユーザー企業の業界内のウワサを拾ったり、他にシステムを納入した会社があれば、そこから情報を取ったりすることもできたはずだ。

 いきなりトップが仕事を持ってきた付き合いのない会社に対しては、それくらいのことをやった方が安全だ。財務諸表の提示を一方的に求めると失礼だったら、「新規のお取引としてお互いに交換しましょう」と言えば、自然に持っていける(筆者もやったことがある)。

 もし、その時点で相手が拒むようなら、付き合いはそれまでだということでいい。厳しいようだが、初めての相手が非上場企業で、その様子がよく分からないなら、それくらいの慎重さは必要だ。

 注意すべきは、ユーザー企業は最初から支払いを拒もうと思っていたわけではないということだ(そう考えていたなら、刑事事件になってしまう)。

 本件のユーザー企業も、新サービスが予定通り軌道に乗ってくれれば、支払いを続けるつもりだったのだろう。しかし、その見込みは甘かった。そして経営の苦しさからベンダーへの対応が変わった。

 無断で支払いを遅延し、確認書で相手の譲歩を引き出しても、その約束を守らない。揚げ句、脅しまがいの言葉でベンダーの作業中断を許さない。明らかに誠実さを欠く態度だ。念のために書いておくが、このユーザー企業は反社会団体と関係のある企業ではない。それがこのように変わってしまったのだ。

 社長が持ってきた案件だからといって安心してはいけない。むしろ、そうした案件だからこそ、初めての商売相手の身辺調査は慎重に行うべきだったし、プロジェクト開始後も相手の様子をよく見ておかなければならなかった。

 そして、一度でも費用の支払いがなければ、付き合いをやめるべきだっただろう。これまでに取引実績があるならば、相手を信用することもできるが、初めての相手をそこまで信用するのは危険だ。一度でも支払いが滞れば、契約を解除してプログラムの提供も打ち切る。できれば契約書に、そのことを記しておきたいし、議事録にも記録したい。途中で脅しのような態度をとるなら、それも当然に記録しておく。

 本件は、単にベンダーの運が悪かったと言って片付けるべきものではない。途中に幾つもあった注意ポイントを甘く見て、仕事を続けた対応は、問題が大きかったし、今後の教訓としても生かすべきと考える。そうでなければ、また別のユーザー企業と同じようなことが起きるかもしれない。

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

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