システムと人間のトラブル模様を描く「コンサルは見た!」。Season5(全11回)は「偽装請負」が招く悲劇を描きます。美咲と白瀬は、心身ともにボロボロになっていくエンジニアたちを救えるのか――?
日本を代表するメガバンク。勘定系システム刷新プロジェクトの真っ最中
ベンチャー企業。AIソフトの開発を得意としていたが、最近はさまざまな案件を請け負っている
大手コンサルティングファーム
創業以来10年、順調に規模を拡大しているAIベンチャーの「サンリーブス」。創業社長である布川幸弘が、一昨年やっと取引できるようになった主要顧客の「イツワ銀行」に呼び出されたのは、9月10日のことだった。
外資系のコンサルっていうのは余計なことを言ってくれるもんだ――呼び出された会議室でそんなことを考えながら、布川は目の前に並ぶ2つのしかめ面を交互に眺めていた。
苦労して食い込んだ銀行勘定系システム刷新の画面系開発。そこに送り込んで常駐させていた7人のエンジニアのうち、プロジェクトマネジャーの澤野翔子だけを交代させてほしいと先方はいう。優秀なプロマネではあるが、融通が利かず、いかなる小さな不正も許さない姿勢を不自由に感じたらしい。
「ちょっと、考えてみてくれませんか」
沈黙する布川に声を掛けたのは、「イツワ銀行」システム開発本部課長の田中だ。メガネの奥の神経質そうな目で、布川と自分の隣に座る本部長の山谷を交互に見ながら言葉を発した。布川が答えを迷ったきり何も言えずにいると、今度は山谷が声を掛けた。ややかすれた声には、独特の迫力がある。
「私はね、布川さん。サンリーブスの皆さんの働きには大いに感心しているんです。AIやRPA(ロボティックプロセスオートメーション)に関して私はよく分からんが、高い技術をお持ちらしいし、いや、それもそうなんだが、とにかくわれわれであれ、他のベンダーであれ、頼んだことは何でもやっていただける。本当に助かっとるんですよ」
「はい。恐れ入ります」と、布川がようやく口を開いた。
「こないだなんかもね、新しいソフトの使い方を、桜田さんといったかな? 彼女に教えてもらってね。いろんな資料を作ってくれたり、よそのベンダーのテストなんかも手伝ってくれたりしているそうじゃないか。いや、これは本当に助かる」
サンリーブスは、今から10年前に布川が2人のAIエンジニアと立ち上げたベンチャー企業だ。2人は非常に優秀で、ディープラーニングや自然言語処理のエンジンを自ら開発し、幾つか技術賞の受賞歴もある。しかし布川はどちらかといえばセールス寄りの人間で、売り上げの拡大と企業の時価総額上昇のために働いていた。
志村と加藤という2人の創業エンジニアは業界内でも有名で、彼らを慕って多くの若いエンジニアが入社してきたサンリーブスは、自社で開発したAIによる金融ポートフォリオサービスが好調で、順調に成長していった。
株価も上場当初は700円程度だったものが、今や3000円を超えるようになった。さらに、他のITベンチャー企業の買収も繰り返して、一時は社員1000人を超える規模となった。
しかしその後、他のベンチャーや大手ITベンダーが同様のサービスを展開するようになり、業績はだんだんと下がっていった。苦しくなった布川は会社の方針を変え、AIよりも日銭の稼げるRPAやチャットbotの請負開発に注力するようになった。
そのおかげでサンリーブスの業績はようやく下げ止まりの気配を見せていたが、そんな経営方針の転換に嫌気が差した2人の創業エンジニアが多くの若手エンジニアを連れて会社を去り、サンリーブスは再び危機を迎えた――。
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