本社に支援を頼むから安心して!→だが、助けは来ずコンサルは見た! 偽装請負の魔窟(8)(3/3 ページ)

» 2020年11月05日 05時00分 公開
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終わらない惨状

 そのころ、イツワのシステム室では、サンリーブスと東通のメンバーによる必死のデータ復旧が続いていた。

 銀行内の複数部署に頼み込んでサニタイズされた顧客データを入手し、それをテスト用に加工する。しかし、顧客管理上想定されるさまざまな特徴を持った顧客データを作るにはどうしても人手で行う部分も多く、数万件のデータ復旧にはまだ数週間を要する見込みだ。

 その間、東通が担当するシステムの本来作業が中断するだけでなく、これとの接続を待つ数多くのサブシステムのテストが全て東通の作業を待つことになるのだ。翔子たちが土日返上&徹夜の作業を繰り返しても、本稼働遅延は避けられない状態になっていた。

 無論、サンリーブスがもともと担当している画面周りの開発も進めなければならない。しかも、イツワ行員からの契約外の仕事依頼はまだ収まっていなかった。さすがにベンダー仲間たちがサンリーブスに仕事を依頼することはなくなったが、イツワの各部署からは、翔子が席を外したタイミングを狙って、RPAに関する相談や操作法に関する質問、設定依頼などが絶え間なく来る状態が続いている。

 「どういうことなんですか?」

 翔子は、電話の向こうにいる田原に大声で言った。

 「なぜ、イツワからの作業依頼がまだ来るんですか? 社長は、ちゃんと申し入れをしてくれたんですか?」

 先日の会議のとき、布川は確かに、イツワへの申し入れを約束してくれたはずだ。その後数日は、まだ話が通っていないのかと我慢はしていたが、3週間たっても事態は全く改善されない。もはやサンリーブスのメンバーは、誰が倒れてもおかしくない状態になっていた。

 「私は、何も聞かされていない」

 田原の声がいつもよりも大きく感じるのは気のせいだろうか。

 「社長は本当に申し入れを行っていただいたんでしょうか? それに応援部隊についても、その後何のお話もありませんが」

 「だから俺は、何も聞いてねえって!」

 翔子は、田原のこんな言葉遣いを初めて聞いた。これまでは、他社の人間である自分に対しては丁寧語しか使わなかったはずだ。

 「社長は今、会社にいらっしゃるんですか? 直接お話をさせていただけないでしょうか」

 勢いを増す翔子の言葉に、田原はしばらく間をおいてから答えた。

 「……社長はここ数日、連絡が取れない」

 「はっ?」

 「こちらからメールしても電話しても、何も返事がないんだ」

 「ど、どういうことですか? 何か、事故にあったとか……」

 「そんなことは分からない。ただ、1通メールをよこしたきりだ」

 「ど、どんなメールですか? イツワの件でしょうか?」

 翔子は汗ばんできた右耳からスマートフォンを離し、左手に持ち替えてから田原の言葉を待った。そして田原の言葉を聞いて、翔子の顔から血の気がひいた。

 「君をね、イツワから外せってさ。ここまでのトラブルや偽装請負、その責任は全て君にあるから、『早いとこイツワから引き揚げてA&Dに帰ってもらえ』と。それが社長の最後の言葉だ」

 どういうことなのか。この混乱と偽装請負の責任が全て自分にあるとはどういうことなのか。自分はむしろ、それらを食い止めようと頑張ってきた。それに対し何の手も打たなかったのは布川の方ではないか。なぜ、その責めを負うのが自分なのか――ぼうぜんとする翔子に後ろから声を掛けたのは野口だった。ひげをそることもなく、ワイシャツも汗ですっかり黄ばんでいる。

 「主任。桜田がもうダメみたいです」

 「ええ!」

 「出勤してこないんで電話したら、『プロジェクトのことを考えると体が動かなくなる』と。『私のせいで、ごめんなさい、ごめんなさい』と、泣き出してしまって。彼女もここのところ早出と深夜残業を繰り返してましたし、何せこの騒動の原因が自分にあるとすっかりおびえてましたから……」

 翔子は、膝が抜け落ちたかのように席に座り込んだ。

 あの遅刻が常態化しても悪びれる様子もなかったみずきが……。もう無理だ。何をやってももう間に合わない。目の前にいる野口も、もう1週間以上帰宅していない他のメンバーも、そして自分も、このままではみんなおかしくなってしまう。

 かといって、自分だけが逃げるわけにはいかない。ましてぬれぎぬを着せられるようにしてなど。そんなことをしたら、これまで自分を支えてきた「プライド」という背骨が一気に抜き取られてしまう。ここで諦めたら自分は二度と立ち上がれない――翔子はそんな気がしていた。

つづく


「コンサルは見た! 偽装請負の魔窟」第9回は、2020年11月10日掲載です

書籍

システムを「外注」するときに読む本

細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)

システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。

※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

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