2021年秋に始動するデジタル庁創設など、政府のデジタル改革に注目が集まっています。デジタル改革の実現でどのような課題解決が期待されているのか。また、霞が関で注目されている「ベースレジストリ」を解説します。
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本連載では第1回で、政府が取り組んでいるデジタルトランスフォーメーション(DX)の事例を紹介しました。政府の目指すDXは、単に業務をIT化することではなく、行政や国民コストの削減はもとより、国民や民間の活力を生み出すようなデータの利用を促進することで、より豊かで無駄のない社会を実現しようとするものです。
一方で、こうした取り組みの構想は評価されるものの、その実現までの道のりは険しいことも事実で、その最たるものは「行政の縦割り」です。
例えば、第1回で紹介した「gBizINFO(ジービズインフォ)」は各省庁が保有する法人の情報を経済産業省がオープンデータとして公開するWebサイトですが、同サイトに掲載するデータは他省庁のシステムから提供されています。各府省がそれぞれ独自に開発したシステムから情報を取り出すため、gBizINFOで公開するには各府省の職員が工数をかけ、ある意味手動でデータを確認しなければなりません。職員からすれば「多忙な中、なぜ経産省のために仕事をしなければならないのか」という思いは常にあるでしょう。
しかし問題は、単なる「思い」だけではありません。国家公務員の仕事は、やるべきこととできることが法律で定義されており、自身の属する省庁以外の仕事を担当するのが容易ではありません。「オープンデータという思想が素晴らしいから協力したい」と思っても、自分勝手にデータを抽出すれば、公務員の服務規律に抵触する恐れすらあるわけです。
また、データ処理の問題もあります。現在、各府省が持っているデータは、書類、機械が読み取れない文字が書かれたPDFファイル、セル結合のあるExcelファイルなどが多く、これをもらってもすぐ利用できません。データが格納されていても、文字コードやデータ型が不一致だったり、住所の表記が「霞が関1−3−3」と「霞が関一丁目3番地」が混在していたりするケースもあります。会社名も正式名称と俗称とグループ全体を指す名称などが併存していて、格納しても検索や名寄せが不可能なものも複数ある状況です。
さらに、コストの問題もあります。経産省が各府省から受領したデータをクレンジングしたり名寄せしたりしてgBizINFOに投入するには、ITベンダーにその作業を有償でお願いせざるを得ません。抽出元のシステム側で対応する場合、それよりも高額なシステム改修費がかかります。そこまでやったにもかかわらず、gBizINFOの利用者数が少なければ、財務省や会計検査院から厳しく追及される可能性もあるわけです。
政府内に存在する多数のシステムでDXを推進しようとすれば、その工数や期間、費用、エネルギーは膨大なものになります。天文学的と言っても良いくらいでしょう。政府、省庁が縦割りで横の連携がないという現状がさまざまなところでDXの障壁になっているのです。
「デジタル活用の道のりは険しい」と逃げていられる時代ではなくなってきました。近年、国際的な存在感と競争力の低下が叫ばれ、国民が豊かさを実感できない上に、少子化による生産人口の減少、高齢化による社会保障の負担増という問題を抱える現代の日本にとって、デジタル化による行政コスト、国民や企業のコスト削減とデータを活用した新規ビジネスの発見、拡大は、もはや喫緊の課題でしょう。
本連載で述べてきたDXの取り組みは「できたら便利、すごい」といったことではなく、やらなければ日本の経済に深い影を落とすことにもなりかねない重要事項といえます。経済産業省のDXオフィスが作成したTシャツには「Digital or Die」という言葉が印刷されていますが、この言葉が絵空事ではないことを、筆者も霞が関で日々感じているところです。
データ、組織、コストといった課題がある中で、2021年秋に発足予定のデジタル庁には私自身もさまざまな期待をしています。今回は、現実に動き始めていることも含めて、幾つかの期待を紹介してみたいと思います。
政府の情報システムは、各府省でバラバラに企画、発注して構築、運用してきました。デジタル庁は、これらの中で主要なもの、特にDXにより社会活力を引き出し、行政の生産性向上にも資すると期待されるシステムを一元的に管理し、その企画、調達、開発をしたり、ガバナンスを効かせたりすることになります。
これは各府省で似たようなシステムを作って二重投資になることを避けるといった意味合いもありますが、政府の情報システム予算の効率的、効果的な配分という目的もあります。DXの実現に欠かせないシステムや施策を優先的に実施することを軸に優先順位付けをするわけです。
DXの実現を掲げ、内部に多くのIT専門人材を抱えるであろうデジタル庁だからできることであり、各府省バラバラに企画して財務省に予算要求していた従来のやり方では、なかなか実現できていませんでした。
要件定義や設計の際、データのバラつきをなくして、官民の誰もが使えるようなデータの提供を可能にすること、政府内外のシステムと連携しやすいように標準的なAPIを設計して公開すること、国民の誰もが使いやすく、スマートフォンやタブレットからでも各種の行政サービスを受けられるようなUI/UXを実現することといった要件を策定し、デジタル庁が主導すれば、仕様を統一してシステムを構築できるでしょう。
データの持ち方やシステムの設計を統一して、DXを実現するのに適したシステムを構築することが不可欠です。これらはITに関して強力な権限を持つことになるであろうデジタル庁こそできると考えています。
ITに関して強力な権限を持つデジタル庁なら、縦割りの改善にもその力を発揮してほしいところです。前述したgBizINFOのデータ提供の例も、デジタル庁からの要請であれば、大義名分、言い換えれば「錦の御旗」となり得ます。そうなれば協力する理由が成り立ちにくかった各府省の職員にとっても、組織の垣根を越えて仕事をすることのためらいが減るでしょう。
自組織のデータを提出すること、各種の手続きフォーマットを変えること、業務プロセスを変えることなど、従来は省内の事情のためにできなかったことがデジタル庁の施策を通じて改善できるようになると期待しています。
DXを全政府挙げて取り組むためにはこうした強力なイニシアチブはむしろ必須であり、デジタル庁に対する期待は高まっています。
先ほどから何度もデータの統一やシステム間連携の話をしていますが、中央政府だけでは効果にも限界があります。国民と接し、さまざまな行政サービスを展開するのは各地方自治体であり、データやそれを扱うシステムがバラバラでは、さまざまな施策も国民には届きにくいでしょう。考えてみれば、業務プロセスも扱うデータも似ている部分の多い自治体の仕事は、その全てとはいかなくとも、あるレベルまでは統一できるはずです。
統一ができればシステムや機能の流用を可能にして全体のコストを下げることにつながります。自治体がデータを持たなくても、中央政府や他自治体から取り出すことも可能になるでしょう。引っ越しをする際、転居前の住所など書かなくても自動で入力できたり、その人の支払っている社会保険料や地方税の情報を中央政府や他自治体から得たりすることも簡単になるでしょう。
政府はこれから地方自治体のシステムやデータの統一に向けて、中央政府と地方自治体、地方自治体と地方自治体、あるいは民間との間もシームレスにシステムを連携させる方法を模索していきます。もちろん、全国の自治体を全く同じシステムで統一するのは、相当苦しい作業ですし、年月もかかりますが、これらが実現できれば、全国の自治体にあるシステムのセキュリティレベルを一定以上に保つことができたり、他自治体の事例をベンチマークとして自治体の作業プロセスを見直したり、自治体の持つデータを相互に提供して地域産業の成長を促進させたりすることが期待できます。中央政府と自治体がさまざまな情報を共有することで、企業が遠く離れた業者と販売提携をしてアライアンスを組んだり、ある地域の生産品の販売市場を全国から探したりすることも可能になるかもしれません
ここまで述べているように、DXを実現する上で、データが非常に重要な役割を果たします。そして政府はデータを有機的につなげてさらなる活用を実現しようとしています。その基礎となる考え方が「ベースレジストリ」です。
ベースレジストリという言葉は、昨今、霞が関で聞かない日がないと言ってよいくらい頻繁に出てきますが、それを正確に説明するのは、なかなか難しいのも事実です。
政府が発表している資料(PDF)には、「公的機関等で登録・公開され、様々な場面で参照される、人、法人、土地、建物、資格等の社会の基本データであり、正確性や最新性が確保された社会の基幹となるデータベース」だとありますが、少しだけ例を出して説明します。
例えば「人」について見てみると、現状では「戸籍上の住所、氏名」と「企業が保有する従業員の住所、氏名」は結び付くことがありません。社会保険に関する情報は社会保険庁が持ち、税金に関する情報は税務署や国税局で、これらが皆、バラバラに存在しているためです。
そのため、企業が従業員の給与計算をする際には、社会保険料や税金は、企業内でデータを用意して計算することになります。データを保管しておく機械や社員をキーとして地方税や国税、社会保険料のデータを結び付けるという作業は、システムが実行するにせよ給与課の職員が作業するにせよ、コストがかかる上にその正確性を保証してくれる人がいません。
もしも社員の住所や社会保険に関する情報、税金の計算式を国や地方が提供できれば、企業側は人事情報とこれらを掛け合わせるだけで給与の支払いと明細作成ができてしまいます。国や地方が提供する正確で二つとないデータの集合がベースレジストリというわけです。
ベースレジストリが整備されていれば、データの活用に向けた収集・蓄積に必要な作業工数がずっと減りますし、何よりも正確です。ベースレジストリは使用する文字も統一するはずなので、使われる漢字の種類が多い名前やゆらぎが発生しそうな名前もブレることなく利用できます。少し地味に見えますが、こうした取り組みが全ての行政手続きや企業での手続きの間で行われるようになれば、生産性の向上度合いは莫大(ばくだい)になるでしょう。
住所も同じことがいえます。ベースレジストリに「霞が関一丁目3番地の1」という正式な住所が登録されており、さまざまな届け出や申請に必要な住所はベースレジストリから取り出して転記する決まりになれば、表記揺れが起きることはありません。この住所と緯度、経度情報が結び付けられれば、ドローンを使った配送や各種調査などの際に「経済産業省本館」と指示すれば、ドローンは正確に(霞が関一丁目3番地の1に)たどり着くことができるようになります。緯度、軽度の情報と気象庁のデータとハザードマップの情報が連携できれば、何らかの理由で危険が迫る地域の人に対して、必要な情報を迅速に提供できるようにもなるでしょう。
他にも、日本全国に70万人いるという、看護師の仕事をしていない有資格者を抽出し、「新型コロナなどで人手不足の医療施設で働きませんか」という勧誘を自動で正確に実施することもできるでしょう。看護師経験者の場合は、看護師時代の給与なども調査し、それに見合うオファーも出せます。自治体や国は、オファーにかかる金額を算出して予算を正確かつ迅速に計算できます。こうしたことができるような社会を実現するには、ベースレジストリが必須になるでしょう。
ベースレジストリの構築はデジタル庁の施策の一つとして上位に位置付けられており、その拡張と有効活用には大きな期待が寄せられています。
さて、これまで3回の連載を通して、日本政府が取り組もうとしているDXの一端をまとめて概観してきました。読者の皆さまはこうした取り組みをどのように感じられたでしょうか。
政府は2001年のe-Japan構想以来、IT活用、デジタル化に取り組んできましたが、従来の省庁縦割り、紙の処理優先といった文化が抜けきらず、そうこうしている間に欧米はもちろん、アジア各国よりも後れを取る結果になってしまいました。
IT先進国が良い国とは必ずしも限りませんが、国と自治体だけでも膨大なデータを保持している現代の日本で、官民の生産性向上と活性化を図らないのは怠慢ではないかと考えています。
読者の皆さまもデータ活用に興味があれば、必要に応じて政府や省庁が公開するオープンデータを活用してみてください。政府が公開した「デジタル改革アイデアボックス」では、政府に対してIT活用に関する提案もできます。デジタル庁の取り組みに関する要望、日本のIT活用に関する提案があれば、アイデアボックスからコメントしてみてください。
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