技術力”だけ”あれば育成できる? 技術力より大切な「受け入れる気持ち」を高める方法エンジニア育成担当者のためのはじめの一歩(1)

自分の技術力に自信がなく、新人や後輩の育成方法に悩むエンジニア育成担当者に向けて、すぐに使える育成スキルを紹介する本連載。初回は、技術力に自信のない人が持っているアドバンテージと、育成担当者に必要な「受け入れる気持ち」の高め方について。

» 2021年05月13日 05時00分 公開
[川鯉光起@IT]

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 業務を進めていくうちに、後輩エンジニアの育成を任されることもあるでしょう。そんなとき、技術力に自信がないと、後輩をうまく育てられるか不安になりますよね。でも、大丈夫です。技術力は、育成に必要なスキルの内の一つでしかなく、後輩よりも技術力があれば問題ありません。

 筆者は、ソフトウェア開発現場で、エンジニア育成支援を仕事にしています。そこでは、育成者に育成のための簡単な知識を付けるだけでぐっと後輩が変わったことがありました。また、技術力が高くない人が、育成で貢献する場面も多く見てきました。

 そこで本連載では、自分の技術力に自信がなく、新人や後輩の育成方法に悩むエンジニア育成担当者に向けて、すぐに使える育成スキルを紹介します。自信を持って後輩を育成し、職場へ貢献できるようになることを目指します。

 第1回は、技術力のある人が育成時に起こしやすい問題を紹介し、問題が起こる要因や、育成に重要な能力、技術力に自信のない人が持っているアドバンテージを解説します。その上で、育成担当者に必要なものは何かを紹介します。

技術力の高い人が育成担当で困った事例

 技術力の高い人が新人育成のときに見掛けた光景です。このような経験をしたり、見たりしたことはありませんか?

リポジトリと環境が用意できたから、このチケットやっといて。必要なドキュメントは、チケット詳細にあるから、分からなかったら聞いて


分かりました。やってみます(あれ、具体的なことはあんまり教えてもらえないのかな……)



任せたチケットどうなった?


ドキュメント見たんですけど、指定のライブラリが読み込めなくて


分からなかったら聞いてって言ったじゃん。他のコード読んだら分かると思うけどさ……


(私ができなさ過ぎるのかな。教えてもらう時間取ってしまって申し訳ないな)



すみません。ここが分からなくて……


タイムオーバー。俺が代わりに作ってコミットしといたから、見て勉強しておいて


(え、自分がこれまでやっていたのは、無駄……? 私は何の役にも立てないんだなぁ)


 これらの流れを見て、皆さんはどう感じるでしょうか?

 後輩に対して、このような接し方をしていると、技術的に育たないばかりか、心理的にも負担を感じてしまいます。個人的に、現場を見ていると技術が得意な人の方が、こういった対応に陥りがちな懸念があると思っています。

技術力の高い人が良くない指導方法を取るのはどうして?

 技術力の高い人は、嫌がらせをしようとして、良くない指導方法を取っているわけではありません。

 先輩は、後輩に教えたり任せたりするときに、今の自分より少し低いレベルに設定して話してしまう傾向にあるため、「この説明で大丈夫」と思い、説明が不足になりがちです。難し過ぎるタスクを渡してしまうこともあるでしょう。また、先輩が教える時間を取れないことや、先輩が教え方を知らないことが原因で、先輩が後輩のタスクを巻き取ってから、完成物を見て勉強をするように言っておくこともあります。しかし、この方法の学習効果は高くありません。

 これらの方法で指導すると、後輩はいつになっても能力が身に付かず、この状況が繰り返されてしまいます。難し過ぎるタスクを渡すことが繰り返されると、挑戦しても無理だったという経験が積み重なり、技術に対して苦手意識を強めて、学習意欲が下がってしまうのです。

 そして、さらに大きな問題になるのがメンタル面です。技術力の高い育成者は、後輩の技術力が低いことを理解できないため、後輩の行動を見たときに「やる気のなさ」を原因だと考え不満に思ってしまうかもしれません。育成者が、過去に我慢して義務感で技術力を身に付けた経験があると、自分の我慢した行動を正当化したい気持ち(認知的不協和)を抱きます。技術力が低いことを受け入れられずに、同様の義務感を求めることになるため、後輩への不満が大きくなります。不満を感じると、後輩に対しての接し方が厳しくなってしまいます。

 言うまでもありませんが、そのような接し方が続くと、後輩は精神的につらさを感じることが多くなります。最悪の場合は、メンタル不調や退職につながってしまいかねず、とても危険です。

 上記の良くない指導方法は、もちろん全員が取ってしまうわけではありませんが、技術力の高いエンジニアはこのような行動に陥る懸念があります。意識的に人間の仕組みを考え、接することで、十分に回避可能です。しかし、技術力に自信がない人の場合は、意識的に取り組まずとも無意識にクリアできる部分が多いのです。

技術力に自信がない人だと、どうなるの?

 技術力に自信がない人は、技術取得に苦労した原体験から、技術力のなさに不安を持つ人の気持ちを分かってあげやすいですよね。そのため、できないことを責めたり、無理に技術の勉強を強いたりすることも減りますし、技術を勉強していないことで後輩を責めることも減ります。

 技術力に自信がない人は、技術が得意ではないことや、技術第一で考えていないことを許容しやすいのです。

 また、タスクや教材を渡すときにも、適切な難易度を設定できる傾向にあります。技術力の高い先輩に教材を教えてもらったら、すごく難しい本を勧められたという経験はありませんか? その本は、先輩が読む前のレベルと同等の事前知識を付けていれば効果的に機能するかもしれません。しかし、そうでなければ理解に苦しむだけでしょう。

 技術力に自信がない人の技術レベルを10として、その人の中の「簡単」がレベル8以下だとすると、技術レベルが50ある技術力の高い人の「簡単」はレベル40以下になり、技術力に自信がない人の方が新人に適した難易度のタスクや教材を選びやすくなります。

 技術力に自信がない人は、やさしい教材を使って自分が学ぶことが多いため、やさしい教材も技術力の高い人に比べてたくさん知っています。その結果として、すごく難しい教材を勧められるという経験が少なくなります。

 とはいえ、「育成をするのに技術力が必要な場面は多いのでは?」と考える人も多いでしょう。大丈夫です。育成には高い技術力を必要とされません。新人や後輩が研修を終えるくらいまでの技術力が身に付いていればよいのです。必要になったときには、技術力が高い人に助けてもらうことで乗り切れます。

 問題の解決ができないときや、教えていることが正しいか自信がないときは、技術力の高い人に教えてもらいましょう。後輩と一緒に教えてもらえば、後輩が技術力の高い先輩との接点もできますし、聞き方も知ることができて、とってもお得ですね。

 一部例外はあり、入社前から技術力を磨いてきた既に技術力の高い後輩の場合には、技術力に自信のない先輩が担当するのは難しいでしょう。

育成担当者に必要なものとは?

 ここまで、技術力が高い人と自信がない人の育成について説明してきました。

 では、技術力よりも育成担当者に重要な要素とは、どんなものでしょうか? それは、相手を受け入れる気持ちと、人間の仕組みを知ることです。

 相手を受け入れる気持ちがあると、もし後輩の能力が低いと感じても、考え方が違うと思っても、相手を否定せず相手の立場を尊重できます。すると、後輩が安心できる居場所ができ、相手から信頼してもらいやすくなります。困ったことや考えていることを共有してもらえるようになり、後輩のメンタル不調や退職のリスクを大幅に下げ、学習効果を高めることができます。

 育成において、人の仕組みを知ることの効果はあまり知られていません。エンジニアであれば、プログラムに修正を加えることは頻度が高い業務の内の一つかと思います。そのときにはどうするのが確実でしょうか? 実行結果を見ながら勘でプログラムへの修正を加えることと、ソースコードを読んで動作や関係する箇所などの仕組みを知った上で修正を加えること。楽なのは前者で、確実なのは後者ですよね。

 そうです、仕組みを理解することは、楽じゃないけど確実な道なのです。とはいっても、楽に人間の仕組みを知って確実な指導ができるとうれしいですよね。ここからは、楽に人の仕組みを知ることができるような情報を紹介、解説していきます。

育成担当者になったときに、後輩を受け入れる気持ちを高めるためには?

 メンタル不調や退職を防ぎ、学習効果を高めることにつながる「相手を受け入れる気持ち」を高める第一歩は、自分のこだわりを知ることです。人は自分がこだわっていること、当たり前だと思っていることができないときに、他者に厳しくなってしまいます。そのため、自分がこだわりを持っている部分を知ることで、厳しく接することが減るのです。

 自分のこだわりを把握する、簡単な方法を紹介します。手順は以下の通りです。

  1. 過去や指導時に、後輩に対して不満に思ったことをテキストに書き出す
  2. 書き出した項目を見ながら、自分のこだわりや当たり前だと思っていることなどを言語化してみる
  3. (オプション)毎週リストを見直して、こだわりを後輩に押し付けていないか確認する

 他の育成担当者と一緒に、自分のこだわりを確認するとより強力です。こだわりを知ることで、自分がこだわっていることへの過剰な期待を減らすことにつながります。さらに、定期的に見直して振り返ってみると効果が高まります。

 今回は、即効性のある簡単な解決方法を紹介しました。次回は、「新人、後輩の思考過程が分からない」を減らすことができる科学的な教え方を紹介します。

著者紹介

川鯉光起

情報工学を修了し、ソフトウェアエンジニアとスクラムマスターとして働いた後、現在は、アジャイルコーチ、リーダー研修、ITエンジニア育成コンサルタント、コーチングを仕事にしています。アカデミックな情報を職場で応用することが得意で、教育心理学を始めとして、認知科学、社会心理学、臨床心理学など、「科学の力を借りて楽しく働く支援」することを生きがいに働いています。

著書に、「理論と事例でわかる自己肯定感」「理論と実践でわかる職場の教育」などがあります。

著書:https://education.booth.pm/

連絡先:learning.process.update at gmail.com

Twitter:https://twitter.com/kawagoik


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