阿部川 将来なりたい職業はありましたか?
ヒュウさん 正直にいうと、たぶんなかったです。でも家族の経済的事情もあり、働くことは意識していました。台湾の法律では16歳から働けますので、16歳の誕生日当日からアルバイトを始めました。親に何か言われたわけではありませんが、両親の経済の負担を軽くしたいと思ったので自発的に始めました。
阿部川 どんなバイトをしたのですか?
ヒュウさん 最初はマクドナルド。キッチンから始めて、半年ぐらいたったら接客をするようになりました。2年近くやりましたので、マクドナルドのことならたぶん全部分かりますよ(笑)。
阿部川 高校時代は、バイトもして勉強もしてといった感じですね。
ヒュウさん それに加えて部活に夢中になって、3つの部活を掛け持ちしていました。
阿部川 そんなに忙しいのに3つも!
ヒュウさん 何と言うか、限界まで忙しくしたかったんです。
阿部川 どんな部活をされていたのですか?
ヒュウさん 1つは映画観賞、もう1つは自然科学の研究、もう1つはインラインホッケーです。
阿部川 映画に自然科学にスポーツ、それにマクドナルドで働いて勉強もして。寝ている暇がないですね。ホッケーは珍しいと思うのですが、台北にはホッケーをする場所がたくさんあるのですか。
ヒュウさん いいえ、たぶんとても少ないと思います。広い場所が必要ですから。道具も必要ですし、とても高価です。マクドナルドの1カ月のバイト代ぐらい。
阿部川 映画もたくさん見たのでしょうね。
ヒュウさん そうですね、最近は月に1〜2本とあまり見ていませんが。高校時代に見たもので印象に残っているのは「Catch me if you can」です。
阿部川 なるほど、そして自然科学と。全然別の種類の部活をやっていたのですね。高校生らしいといえば、高校生らしい。
ヒュウさん 実は高校時代、勉強にはあまり力を入れていなくて(笑)。でも、楽しかったです。
阿部川 高校を卒業して、すぐ大学に進学したのですか?
ヒュウさん はい。ただ大学は少々込み入ってまして。高校を卒業してすぐに大学に入ったんですが、そこは思っていたのとは違っていて、専門分野も認識とは違っていました。最初の専攻は統計だったのに入学してみたら保険に関する学科だったのです。
阿部川 アナリティクスではなくて、インシュアランスだった。
ヒュウさん そこで、2年後に転校しました。それが1回目の転校です。(阿部川:1回目!)2回目、3回目もあります。(阿部川:えっ!)大学では4つの学科を移動しました。(阿部川:4つ!)全部で10年ぐらいかかりました。さらに、台湾には兵役がありますので、その分も時間がかかります。台湾の入試は点数によって入学先が決まります。受験者は志願する学科や専門分野に順番を付けるだけです。だから入学前はどの学校になるのか分からないんです。結果的に学校は3つ、学科は4つ経験しました。
阿部川 学校3つに学科4つとは強烈ですね……。
ヒュウさん 最初は保険の学科、それからIT関係の情報と管理の学科に入って、それは1年ぐらい。それから経営関係の学科で2年ぐらいかな。最後は日本語学科。全部、全然関係ない学科です。
強烈ですよね。入学したら「思った感じではなかった」はまぁよくあるよねと思うものの、だからといって学校まで変えてしまう人はかなり珍しいと思います。しかも3校も。お話を伺う限りそれら全てが今につながっているのもすごいと思います。
阿部川 私は今、大学で教員をしておりまして、その大学の名前が「情報経営イノベーション専門職大学」っていうんです。(ヒョウさんが専攻したものが)全部入ってますね。うちの大学に来ていたら、たぶん4年で済んでいたと思います(笑)。
最終学歴としては2013年の「東呉大学」の「日本語学科卒」となるんでしょうか。当時何歳でしたか。
ヒュウさん 31歳かな。
阿部川 学生の間は、ご両親が学費を払っていたのですか?
ヒュウさん 自分で稼ぎました。政府の補助も受けました。1年分の学費はローンも使いました。
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