内製開発で先行する企業によるパネルディスカッションの内容を3回に分けてリポートする本連載。第2回は、内製化へのマインドチェンジ、エンジニアの評価・育成などを話し合った部分をお届けする。
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「Google Cloud Next ‘22」で行われたパネルディスカッション「DX ルポライターが先行企業に訊く、内製開発のポイントと課題」の様子を紹介する連載の第2回をお届けする。登壇者は第1回に引き続き、DX最前線を取材するノンフィクションライターで同ディスカッションのモデレーターである酒井真弓氏、内製化を進めるauコマース&ライフの山田豊氏、SOMPOシステムズの関谷雄太氏、Retail AI Xの辻隆太郎氏の4名だ。
前回では、SOMPOシステムズの関谷氏が、内製化にマインドチェンジができない社員が一定程度おり、試行錯誤していると話した。これをきっかけに、パネルディスカッションはエンジニアの育成や人事評価の話題で大いに盛り上がった。
内製化をうまく進めていくための手段の一つとして、辻氏は事業側の人間にプロダクトオーナーシップを持たせることを提案した。
トライアルが運営する店舗では、店長がプロダクトオーナーとなり、パート社員を含めたスタッフから要望を聞き出していると辻氏は言う。店長はITに疎(うと)いわけではなく、同社がスマートストアに導入しているITソリューションで、例えばセルフレジ用タブレットを搭載したショッピングカートや、商品棚の欠品面積から品出しのタイミングを通知するAIカメラなどについてかなり勉強していると言及。
「会社としても、ITをどんどん使って課題を解決していくんだという方針を出しているので、店長も最低限のリテラシーは持っている」(辻氏)
そのおかげで、辻氏たちがヒアリングで店舗に出向いた際に開く意見交換会では、現場の愚痴も含めて多様な知見が得られると辻氏は述べた。
では、ユーザー視点/当事者意識に基づき、主体性を持って業務に取り組むオーナーシップの意識は、どうすれば醸成できるのだろうか。
これには、3人ともに難しい質問と頭を悩ませる。辻氏は「エンジニアも技術に明るい人ほど指向性がはっきりしていて、開発したサービスに対する責任を担保するという意味でのオーナーシップの意識は持っていることが多い。でも、だからといってユーザーファーストの意識が高いかというと、そうでもないこともある」と述べた。
山田氏は、同社が業務委託から内製化に切り替えたとき、意識を変えることにかなりの時間を費やしたと語る。
「そういう意味では、一気に意識を変えようとするのではなく、業務を通じて少しずつ認識を変えながらオーナーシップのマインドを培ってもらい、醸成されたと感じたタイミングで、よりオーナーシップを必要とする領域に着手してもらうといった工夫が必要なのかもしれない」(山田氏)
ここでモデレーターの酒井氏は、エンジニアの育成はどのように進めているのかを質問した。
口火を切ったのは辻氏だ。同社では、若手のメンバーに対しては、いまどんなことに興味があり、どういう方向でキャリアを積みたいのかなどを話す個別ミーティングを頻繁に実施しているという。その中で、若手メンバーが描くキャリアを実現するにあたり、どういったプロジェクトの経験が必要になるのか、書籍や勉強にどういう時間の使い方をするのがいいのかといったアドバイスを行っているという。
特に、勉強したことがどのような形で評価に反映されるのか、そもそも評価されるのかといった疑問には適宜説明していると辻氏は言う。
「基本的に評価する側は技術に詳しくない、非ITの人間。そのため、どうしても評価の軸がビジネス側に偏ってしまい、技術者がどれだけ勉強してスキルアップしても評価につながりづらかった。これでは勉強のしがいがない。実際、モチベーションが下がってしまったメンバーもいた」
そう述べた辻氏は、現在評価基準を見直している最中だと明かす。ビジネスとしてのバリューをどう出していくのかというコンピテンシーとは別に、どれだけ技術に対して研鑽(けんさん)したかをアウトプットなどから評価するコンピテンシーを設けて、ビジネスとは別軸で評価できる態勢を整えるべく、取り組んでいると述べた。そして、個別ミーティングでは若手メンバーに対して、どんなスキルを学べば評価につながるのか、どのようなプロジェクトに参加しやすくなるのか、学んだ技術がどのような成果に結び付くのかなどについて助言しているという。
この話を聞いて山田氏は、エンジニアの学習に対するモチベーションを高める施策として参考になると話した。山田氏によると、現在のauコマース&ライフにおけるシニアメンバーの多くは、自発的に必要なスキルを学び、自律的に仕事をこなせる人々。特別な働きかけがなくても、自分たちで勝手に成長していくという。だが、「そうした先人がやってきたことを若手メンバーは当然やるべき」と考えるのは間違っている。新しい技術やスキルなどを学ぶ意欲や向上心は、本人の中から湧き出てくる方が続くのは確かだが、それに甘んじるだけで評価の対象にはしないままでは、いずれエンジニアの心は離れてしまうだろうとする。
「エンジニアは1つの成果を達成する裏で、ものすごい量の勉強をしている。そうした努力が評価され、実を結ぶ体制を作っていきたい」(山田氏)
SOMPOシステムズでも、エンジニアを評価し、導くための取り組みをさまざまに実施している。関谷氏は、上席のメンバーが社員の相談に乗る個別ミーティングを実施しており、業務目標に向けた進捗(しんちょく)状況の確認や、数年後を見据えたキャリアデザインのアドバイスなどを行っていると紹介。また、スキルアップに役立つ研修会の実施や、グーグル・クラウド・ジャパン共催のクラウド領域の勉強会など、あらゆる場を提供しているという。
加えて関屋氏は、「例えば『システム構築でこういうアウトプットをしており、それを通じてバリューを出している』といった提示があれば、評価の対象にしている」と説明。酒井氏は、こうしたプロセスは内製化に向いている人材を発掘するきっかけになるかもしれないとコメントする。
もっとも、ここで関谷氏が気になっているのは、評価の対象が基本的に社員からのアプローチを前提としている点だ。
「説明力の高い人はどんどんアピールしてくるが、自然の流れでやってきたことだと思っている人は特段アピールしてこない。また、例えば内製化チームに参加したいと思っても、現業務の引き継ぎがどうなるか分からず、その状態で今の業務を離れることに不安を覚えて二の足を踏んでしまっている人も多いように感じる」(関谷氏)
これについては辻氏も、どうしても声の大きい人が高く評価されがちだと賛同。そうした事態を避けるため、Retail AI Xではギルド制を採用しており、「『ギルドメンバーのあの人はすごく努力して技術を身につけている』など、ギルド内での評価が高ければ、本人によるアピールとは別に評価に取り入れている」と対策を紹介。「定量的に評価するためにも、標準偏差をそろえたい」と述べた。
次回は本連載の最終回として、チームトポロジー、ブラックボックス化、ナレッジロストへの対応について話し合われた部分を取り上げる。
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