契約書にも民法にも書かれていませんが、「義務」なので履行してください「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(106)(3/3 ページ)

» 2023年02月20日 05時00分 公開
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契約の目的達成に必要なものは成果物

 「契約の目的」という言葉を、本連載で幾度となく取り上げてきた。たとえ契約書に明確な記載がなくても、ソフトウェア開発契約が結ばれたそもそもの目的に照らして考えたとき当然に必要と思われる成果物であれば、納品するのがベンダーの責任となる。

 本件の場合、元請け企業Xの目的は、単に「その時点で完成したシステムを利用して業務を行うこと」だけではなく、「その後も継続的にプログラムを改善してより良い業務を目指すこと」であった。プログラムを改善し続けるためにはソースコードを手元に置いておく必要があるというのが裁判所の判断だ。

 ベンダーの責任を「契約書に書かれたこと」だけではなく、「契約の目的に照らして必要なこと」とする判決は他に幾つもある。例えばある裁判では、「設計工程以降を請け負ったベンダーに、ユーザーの示す要件定義書の誤りを指摘すべき責任があった」とされた。要件定義書の内容が専門的であり、知見のあるベンダーが誤りを指摘しなければ、契約の目的を達成するシステムを作り得ないという判断だ。

 本連載でもしばしば取り上げてきた「プロジェクトマネジメント義務」も、「ベンダーには、ユーザーの要件変更を制御してプロジェクトが失敗しないように導く義務がある」というものだ。これも、「IT開発の経験が豊富なベンダーが、知見のないユーザーの振る舞いを管理しなければ、プロジェクトは失敗し、契約の目的を果たせない」という考えに基づく。

 いずれの場合も裁判所が見ているのは、契約書や民法だけではなく、「プロジェクトを成功させて契約の目的を達成するには、誰が何をしなければならなかったのか」ということだ。ベンダーはそこを、契約時点からよくよく注意する必要がある。

 契約書を見て、「ああ、この機能とこの機能を実装すればいいのか」と簡単に引き受けることは危険だ。この開発によってユーザーがどのような業務や効果を求めているのか、そのためにはどのような要件が必要であり、成果物として何を渡さなければならないのか、それを踏まえて自分たちの責任(債務)を把握する必要がある。

 ベンダーには随分と酷に思えるが、結局こうした見方は、専門家であるベンダーにしかできない。“餅は餅屋”というわけだ。

細川義洋

細川義洋

ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった

個人サイト:CNI IT Advisory LLC

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