ルネサス エレクトロニクスが独自開発のRISC-Vコアを発表した。既に台湾に本拠を置くAndes Technology製のRISC-Vコアを採用した製品を販売しているが、これで本格的にRISC-Vの製品群が展開できるようになりそうだ。独自開発のRISC-Vコアの特徴から、その後の展開を予想してみた。
実は、いつ発表するのかと以前から気になっていたことがある。ルネサス エレクトロニクス(以下、ルネサス)の「独自開発RISC-Vコア」である(ルネサスのプレスリリース「ルネサス、業界に先駆けて独自開発の32ビットRISC-V CPUコアを発表」)。「Armでは出遅れたがRISC-Vではそうならない」といったメッセージとともに、既にルネサスはRISC-V製品の販売を開始している(ルネサスのプレスリリース「世界に先駆けて、64ビットRISC-V CPUコア搭載の汎用MPU『RZ/Five』を発表」「RISC-Vコアを搭載した、モータ制御用32ビットASSPを発売」)。
ただ、出遅れないためにか、台湾に本拠を置くAndes Technology製のRISC-Vコアを採用して「拙速に」RISC-V市場に参入してきたのだ。その時、瞬間的に思ったのは、ルネサスの「中の人」、特にCPUの設計者の面々としては外から買って済ますということに納得していないだろうということだ。
世界に冠たるマイコンメーカーであった日立製作所、三菱電機、NECの精鋭(残党? 失礼)の流れをくむルネサスとしては、自前のコアにしたいと思っていたはずだ。
それにルネサスも遅ればせながら力を入れ始めたArmコアの場合、Armによる制約が厳しく、自前路線で行くのはとても難しい。一方、命令セットでしかないRISC-Vでは制約は緩い。ルネサスがどんな独自開発コアを出してくるのか気になっていたのだ。それが発表されたのが2023年11月30日のことである。
では、発表されたコアの概要を見てみよう。肝心の命令セットであるが、RISC-Vを知っている人には、「RV32IのMACB拡張」で通じてしまうだろう。RISC-Vでは、アルファベット1文字で命令セットが指定できるので明解だからだ。
一通り確認すると、「RV32I」は32bit(レジスタのビット幅は32bit)の命令セットで、基本の整数演算命令のセットを備えているという意味である。RISC-Vは32bit、64bit(そしてそれ以上)の命令セットを自然に拡張できるように配慮されているが、基本の32bit部分のみということだ。64bit命令はサポートしていないという意味である。
そして、MACB拡張の「M」は乗算(除算)の高速化オプション(端的にいえば乗算器を搭載)、「A」はアトミックアクセス(マルチプロセッシングで必要な、不可分なメモリアクセス命令群)、「C」は16bit幅の命令コード圧縮(ArmにあるThumb命令のようなコード効率優先の命令)、「B」はビット操作だ。
むしろ、上記にないものを見ると、このコアの性格が明らかになる。まず浮動小数点数のサポートはない。「32bit幅のfloat」も、「64bit幅のdouble」もハードウェアはないということだ。次に、SIMD(Single Instruction/Multiple Data)命令のサポートもない。つまりマイクロコントローラー(MCU)のコアとしてミニマム的な命令セットであることが分かる。
Armだと「Cortex-M」シリーズでも一番ローエンドで、大量に使われている「Cortex-M0+」コアなどに相当するポジションである。ちなみに、Cortex-M0+というと、「Raspberry Pi Pico」に搭載されている「RP2040」が有名だ。
Cortex-Mシリーズでも、「Cortex-M4F」コアなどではfloat演算やSIMD演算ができるものもあるから、そのあたりのDSP(Digital Signal Processor)的処理を意識するようなポジションからすると、少し下の位置付けとなる。基本の基本に絞りましたという感じだ。当然ながら、これを出発点に独自開発コアのラインアップを広げるつもりなのだろう。
しかし、デバッグとか性能向上とか、命令セットに表れない部分では、ルネサスの独自性も打ち出してきている。スタックモニター、動的分岐予測ユニット、レジスタバンク、2線式デバッグ(これは最近のマイコンとしては必須だと思う)、パフォーマンスレジスタ、命令トレースユニットなどだ。今後の拡張のベースとなるコアなので、必要と思われることは一通り盛り込みましたという感じだ。
もちろん、他のArmなどのアーキテクチャでも似たような機能を搭載している機種は存在する。しかしArmのローエンドのCortex-M0+クラスでは上記のような機能を取り込んでいるものはまずない。「充実したコア」といってよいのではないだろうか。
肝心の性能指標としては、CoreMark/MHzスコア(整数演算や制御演算処理性能を測定するベンチマークテスト。CoreMarkスコアを計測時の周波数で割って算出した値)の数字「3.27」のみが発表されている。この数字だけでは本当のところは分からない。製品に関するルネサスのブログ「RISC-Vの未来: 新たなフロンティアへの挑戦」から引用させていただくと、「2024年の初頭に先頭製品が発表され次第、EEMBCのウェブサイトに性能データが掲載されますのでご覧ください」ということだ。「現物製品でちゃんと測った結果を見てくれ」ということだ。お作法にのっとった発表ではある。
さて上記の発表で1つ分かったことがある。既に発売されているルネサスのRISC-V搭載の製品のうちAndes製コアを採用したRV32I製品は、ASSP(特定市場向け製品)ということで汎用(はんよう)マイコン扱いではなかった。「マイコンのルネサスにしたら何でだろうか?」と思っていたのだが、今回の発表でふに落ちた気がする。上記の独自コア搭載で汎用RISC-Vマイコンを展開するものとみた。多分、2024年には独自コアによるRV32Iベースのマイコン製品が大挙登場するのではないだろうか。
するとAndes Technologyとの関係も何となく想像が付く。ルネサス独自コアとしては現段階のローエンドから上へ向かって展開していくことになるだろう。直近はArm Cortex M4Fクラスの浮動小数点演算できるマイコンなど、より強力なコアへと展開していかなければならない。そのあたり、かなり手数がかかりそうだ。
また、32bitクラスは車載メインのルネサスにとっての主戦場だ。Bosch/NXP Semiconductors/Infineon Technologiesが合同で設立した車載向けのRISC-V会社の動向も気になっているだろう(頭脳放談「第279回 欧米の半導体業界大手5社がRISC-V推進で新会社、どうするどうなる?」参照)。よって32bitのマイコン系統ではルネサス独自コアに注力することになるのではないか。
一方、RISC-Vでも64bitクラスは今後のスマートフォン採用などの巨大市場がチラチラしてはいるが、今のところ市場規模はまだまだだろう。手掛けないわけにもいかないが、手数の割に見返りがまだ大きくない。そちらの方では、Andes Technologyとの現在の関係を維持して、Andesベースで64bit市場にもプレゼンスを示していく路線になるのではないかと、外野は勝手に想像する。
なお、現在ルネサスが使用しているAndesコアは、少なくとも3種類あるようだ。ASSP向けの32bitコアが、「N22」と「D25F」。そして、64bit汎用MPU「RZ/Five」の「AX45MP Single」(Andes社ではDualコア版がメインのようだ)である。32bitの方は徐々に独自コアに置き換わっていくと想像する。
しかし、今回のプレスリリースを読んでいてもルネサスらしいな、ということがある。それは、RISC-Vコアのプレスリリースなのに、冒頭近くでルネサス独自アーキテクチャである「RXファミリ」と、Armコアである「RAファミリ」にも言及していることだ。どちらも32bitの汎用マイコンとして展開されている。
つまり、「RXとRAに加えてもう1つRISC-Vコアのファミリもできるけれどもよろしくね」という気持ちが表れているのだ。古くからのルネサスユーザーをがっちり囲い込んでいる(?)RXファミリは、一時期は「出遅れた」とルネサスの中の人も思ったらしいが、本格的に量産したところ海外中心に新規ユーザー獲得に成功しているらしい。
RX/RAファミリの2本立てに加えて、3本目の柱を立てるという表明にも見える。3本の矢ならぬ3系統のコアのすみ分けはどうなっていくのか? 欧州車載での動きもあり、今後ArmからRISC-Vにお客が流れ込んでくるのであれば、Armに払うロイヤルティーも減り、独自コアも使えるということでハッピーかもしない。
一方、伝統の独自コア路線が行き詰った場合の移行先としてもArmよりはRISC-Vの方がよさそうである。といっても、RISC-Vコア製品がそこそこ当たっているという前提が必須なのだが。ルネサスが今後3本の矢をどのようにかじ取りするのか、今後の展開に注目したい。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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