第282回 半導体工場の建設ラッシュは日本の半導体産業を復活させるのか?頭脳放談

日本国内で半導体工場の建設が続いている。日本国内への半導体工場の進出は、日本の半導体にどのような影響を与えるのだろうか? 半導体設計者として長年日本の半導体産業を見てきた筆者が、今後の日本の半導体産業について考察してみた。

» 2023年11月20日 05時00分 公開
Rapidusが北海道千歳市に建設中の半導体工場「IIM-1」のイメージ図 Rapidusが北海道千歳市に建設中の半導体工場「IIM-1」のイメージ図
2023年9月1日に起工式を行った北海道千歳市に建設中のRapidusの半導体工場「IIM-1」のイメージ(「北海道における次世代半導体プロジェクト説明会及び工事計画等説明会概要」より)。他にも多くの企業が日本国内に半導体工場を建設中、計画中だ。半導体工場ラッシュが、今後の日本の半導体産業にどのような影響を与えそうなのか、筆者が考察してみた。

 「みんな大好き政府の補助金」と最初に申し上げておく。最近大流行ともいえる半導体工場の日本回帰の流れがある。その背景としては、半導体は戦略物資、それがなければ国が立ち行かないという日本国政府の認識がある。外国に頼っていたのでは地政学的に危ない、ということでの補助金の大盤振る舞いであろう。

 ご存じの通り、北海道千歳市ではRapidus(ラピダス)が世界の最先端を目指す工場を建設中だ(Rapidusのプレスリリース「Rapidus、IIM-1の起工式を開催」)。また、台湾積体電路製造(TSMC)も熊本県菊陽町にあるソニーの工場横に工場を作っている。主要な仕向け先はデンソーで、車載という触れ込みである。デンソーは、この工場を所有するJapan Advanced Semiconductor Manufacturingに約400億円を出資している(デンソーのプレスリリース「デンソーによる、JASMへの少数持分出資について」)。

 また広島県東広島市にあるMicron Technologyの工場(ここはDRAM製造の日の丸半導体、元エルピーダメモリだ)でも5000億円の投資だという話が出ているようだ。SBIホールディングスが台湾の力晶積成電子製造(Powerchip Semiconductor Manufacturing Corporation)と組んで宮城県大衡村に工場を立てる話もあるようだ(SBIホールディングスのプレスリリース「日本国内での半導体ファウンドリ建設予定地決定のお知らせ」)。他にも案件が幾つかある。まさに一大半導体投資ブームといっていいだろう。

半導体工場進出が国内半導体産業に与える影響は?

 この動きが、日本の半導体設計へ影響があるのかと問われた。工場が立てばそれが設計に波及しないということはあり得ない。

 しかし、どの程度影響があるのか、ましてや良い方向になるのか、と考えると現時点では答えようがない。現時点で盛んにお金が動いているのは、工場投資である。半導体工場というと、高価な半導体製造装置や高純度の材料などにフォーカスが集まるが、現時点ではまだ建設中だ。

 まずお金が流れているのは、不動産業であり、土建業であり、インフラ事業なのである。それから工場設備の購買が続き(当然現在盛んに商談中だろうが)、半導体設計などに波及してくるのはずっと先のはずだからだ。

 現時点では工場建設に関する直近の問題も山積しているようだ。だいたい日本の建設業は慢性的に人手不足と聞く。その中での急ぎの巨大事業(関西では別の突貫工事が進行中)なのでヒズミも大きいのではないか。

 例えば、北海道千歳市のRapidusの工場建設に必要なコンクリート量は、北海道の生コン工場のキャパを大きく超えているという話を聞いた。生コンはその名の通り生ものなので、近くで生産しないとならない。計画を満たせているのか?

 また、広島県東広島市のDRAM工場の拡張では、工場用水の問題が出ているらしい。知っての通り、半導体工場は大量の水を使用する。現在、Micron Technologyの工場が確保済みの工場用水量では足らず、地元の水インフラに手を入れざるを得ないようだ。そういう直近の問題が出るたびに、結局、補助金頼みになるみたいだ。建屋や水がなければ半導体製造など絵に描いた餅になってしまうので、致し方ないのだろうが、絵を描いた横からあれよあれよと補助金が吸い取られていく構図にも見える。

この道はいつか来た道にならないのか?

 過去の日本半導体の凋落(ちょうらく)を目にしてきた年寄りとしては、危惧を抱かざるを得ない。もともと日本半導体が凋落した大きな要因の一つが、継続的に巨大投資が必要になる半導体事業に対して、その投資リスクを取ることができず、後手後手に回ってきたことだと思っているからだ。

 自らの経営判断ではリスクを取れないような事業に対して、補助金(他人のふんどし)なら勝負に出られるというのはどうかと思う。もちろん、今の状態で政府の補助金なしに日本の半導体製造が復活することはあり得ない。確かにやるしかない状況に追い込まれてはいる。

 ただ、危惧するのは補助金なき後、ちゃんと自分の足で立って回す計画と能力があるのか、という点である。そして半導体における設計、あるいは製品に関係するエンジニアリングの主要な出番というのは、そういう自分の足で立った後にやってくるものなのだ。何せ個別の商品に関わることなのだ。補助金ではなく実需に対応しないとならない。

 工場の立ち上げだけでもエンジニアリングの需要はあるだろう。既存の製品、既存のプロセスといっても新工場での立ち上げには製品の再評価などが必要になるからだ。ただし、限定的だ。

 また、ファウンドリ形態での半導体ビジネスでは、製品設計そのものは顧客側の仕事になる。工場側では顧客設計を支援する目的でウエイトは小さい。工場投資したからといっても直接半導体設計に影響する部分は小さいのだ。

 半導体設計の場合、どちらかといえばターゲットとしている商品分野と密接に結び付いているものだ。古き良き日本の半導体業界で輝いていた「あの栄光の時代」を振り返ると、日本国内の電子産業向けに設計製造していたデバイスを、海外で販売してみたら大ブレークしたという先行事例が多い。何せ家電分野を筆頭に、世界トップの勢いだった日本の電子産業の要求は突出していた。それに応えるために設計された日本の半導体も競争力があったのだ。

 しかし、狭い日本での激烈な競争がいつの間にか世界トップだった時代から、ガラパゴス携帯と揶揄(やゆ)されるような世界の大勢から外れた井の中の蛙(かわず)状態に転じるのは、今にしてみると一瞬の変化だったような気がする。一度商売が「回り始める」と細かな対応は得意だが、大きな変化に対応できなくなる日本人の特性が反映していたのかもしれない。

自動車とパワーデバイスの先があるのか?

 現状の半導体投資の盛り上がりは、口を開けば自動車向け、小規模案件ではパワーデバイス向けであるような気がしてならない。現状、世界的に半導体市場の大きなパイを占めるのはスマホなどのモバイル機器向けと、データセンターやHPC(スーパーコンピュータ)向けのデバイスだが、その辺の主要仕向け先はほぼ日本にない。

 そこで、国内需要がある自動車とパワーデバイスにフォーカスすることになるのだと思う。しかし、その先の「仕向け先」がないと日本における半導体製造が復活したとしても、継続的に回っていかないのではないかと思っている。補助金の切れ目が何とかの切れ目か。その先はどこにあるのか?

人体と電子機器を結び付けるような新たな市場を創造できるか?

 急に日本における半導体製造の復活の機運が盛り上がったのも地政学的な要因、その先には戦争がチラチラしているためだ。その先の半導体の行く末にもそれが影を落としているように思われる。勝手な妄想だが。

 国内ではロボットと言えば平和利用中心だが、今や自律的に動作するドローンがターゲットを破壊するような戦争が現実のものとなっている。過去の技術の飛躍は、その多くが戦争をきっかけとしていた。

 そう考えれば、そういう技術が半導体需要を押し上げる新市場を開く可能性もあるだろう。日本の設計がそれの先頭を切れるのか(追従ではダメなのだ。先端にいないと需要は取り込めない)。先頭を切れたら切れたで問題も多いが。

 また唐突だが、人体と電子機器を結び付ける技術は、現状スマートウォッチなどによるヘルスケアであったり、埋め込み型の電子デバイスによる医療機器であったりとごく限定的な利用局面である。法的、倫理的に電子デバイスを人体と「密結合」するような研究は現状そのスレッショルドが非常に高く制限されているからだ。靴の上からなんとかの状態と言っていいかもしれない。

 しかし、多くの人が気付いている通り、人体の身体的、情報処理的な能力を飛躍的に高められる可能性がある。SF小説などに書かれている通りのサイボーグ的なものの出現だ。

 非常時は法的、倫理的な障壁が下がるからそのようなデバイスが出現する可能性も高まる。一度障壁を乗り越えてしまうと発展の余地は巨大だ。スマートフォンの比ではないだろう。あくまで妄想だが。

 復活した日本の半導体製造が自分の足の上で歩けるようになり、そしてその上で自前設計の半導体のビジネスが回るということに期待したい。そのために直近の補助金の使い方はよく考えてもらいたいものだ。そしてその先の未来の半導体製品がダークサイドに落ちずにハッピーなものになる方向であってほしいものだ。まぁ、最初のワンステップだけでも大変なことだ、その先などは鬼が笑う世界か。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


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