DX時代の運用管理者を対象に、ITIL 4の生かし方を解説する本連載。第6回は、ビジネス目標を達成するためにデジタル技術をどう活用すべきかのヒントとなる「HVIT」(ハイベロシティIT)を実践するための「カルチャ」と「技法」を解説する。
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前回は拡張されつつある資格体系ITIL 4のうち「HVIT」(High Velocity IT:ハイベロシティIT)の「特徴と達成目標」と「DevOpsとサービスバリューチェーン」について紹介しました。今回は、HVITを実践するための「カルチャ」と「技法」を具体的に解説します。
※ITILはAXELOS Limitedの登録商標
ハイベロシティな環境で生き残るには、目的/人/進化の考え方、運用を改善し、組織と人材を発展させることが必要です。そのために、意識すべき「主要な行動パターン」は5つあります。
失敗を恐れず、新しい試みを積極的に実践します。これにより、革新的なアイデアが生まれやすくなります。
チーム内で多様性を認め、お互いを信頼することで、より協力的で開かれた職場環境を作ります。
常に改善を目指し、日々の業務を通じて自身と組織の能力を高めます。
顧客のニーズを深く理解し、彼らが目指すゴール達成をサポートします。
常に学び、新しい知識や技術を取り入れることで、他の行動パターンを支えます。
これら5つの行動パターンは、SVS(サービスバリューシステム)で登場する「従うべき原則」からの影響を受けています。
1の行動パターンは、「現状から始める」「フィードバックに基づいて進化する」「包括的に考える」の原則に影響されています。2の行動パターンは、「協働し、可視性を高める」の原則に基づいています。3の行動パターンは、「シンプルにし、実践的にする」の原則に従います。4の行動パターンは、「価値に着目する」の原則に基づいています。5の行動パターンも、「フィードバックに基づいて進化する」の原則に従います。
組織のカルチャを伝えるモデルは「目的」「人」「進化」の3つに分類され、HVITの主要行動パターン(1〜5)はそれらのモデルに影響を与えます。
(※)トヨタのカタ(書籍『ITIL4:ハイベロシティIT』より引用)
具体的な例を挙げます。
新しい技術やアイデアを試すための専用スペースを設け、従業員が自由に実験できる環境を提供します。
定期的なハッカソンを通じて、従業員が創造的なアイデアを競い合い、実現可能なプロジェクトに発展させる機会を提供します。
異なる部門のメンバーで構成されるチームを作り、多様な視点を取り入れながら協力してプロジェクトを進めます。
コミュニケーションと協力を促進するためのオープンなオフィス環境を整備します。
従業員が最新の技術や業界のトレンドについて学べるトレーニングプログラムを提供します。
目標達成だけでなく、個人の成長と学習に焦点を当てたパフォーマンスレビューを実施します。
定期的な顧客調査やフィードバックセッションを通じて、顧客の声を製品開発に反映します。
ユーザーインタフェースの設計や顧客サポートのプロセスを、顧客の使いやすさを最優先に考えて改善します。
従業員が自分のペースで学べるオンラインコースやチュートリアルを提供し、継続的な学習を奨励します。
チームメンバーが新しい知識や経験を共有するための定期的なミーティングを設けます。
HVITにおける技法には「1.価値ある投資技法」「2.迅速な開発技法」「3.レジリエントな運用技法」「4.価値共創技法」「5.保証された適合技法」があります。これらは、デジタル化された組織が厳しい達成目標を実現するために役立つものです。
具体的な技法を以下で解説します。
これらの技法は、HVIT環境において、投資の効果を最大化し、迅速かつ柔軟な対応を可能にするために重要です。
投資決定の遅れがもたらす機会損失のコストを評価します。迅速な意思決定が重要です。
複数のプロジェクトや機能を比較し、最も価値の高いものに優先的に投資します。狩野モデル、正味現在価値(NPV)、投資対効果(ROI)などの分析手法を使用します。
変動性の高い市場でのリスクを最小化するために、必要最小限の機能を持つ製品を開発し、市場反応を評価します。アーリーアダプターからのフィードバックを収集し、製品の改善と方向性の決定に活用します。
要件の確立と優先度付け、開発チームへの要件伝達、利害関係者と交渉します。スクラムフレームワークにおいて、プロダクトオーナー(PO)は製品のビジョンと戦略を定義し、価値の最大化を目指します。
コントロールグループ(現行バージョン)とトリートメントグループ(新バージョン)を設定し、両者のパフォーマンスを比較します。トリートメントグループの効果を評価し、最も価値ある機能バージョンを決定します。
優先度付けにより、リソースを最も価値のある活動に集中させることができます。MVPは市場の変動に迅速に対応し、顧客の実際のニーズを理解するための効果的な手段です。プロダクトオーナーは製品の成功を導くための重要な役割を担い、A/Bテストは製品の改善と最適化を実現するための強力なツールです。
ビジネス側は迅速な変更を求めますが、変更には安定性を損なう可能性が伴います。開発チームと運用チームが対立する主要因でもありますが、それらを両立する仕組みをHVITでは実現しなければなりません。
重要なのは、変更の頻度をコントロールすることと、1回当たりの変更による影響をコントロールすることです。変更の回数を増やせる仕組み、小規模の変更でリリースできる仕組みがあれば、それを実現できます。
変更案件をバックログとして管理し、より小規模な変更になるよう変更サイズを小さくすることで、1回の変更による対応工数を抑制し、変更の頻度を増やせるようにします。そうすることで、バックログは小規模な変更案件が増えていくでしょう。逆に、変更案件の規模が大きくなると、変更サイズの巨大化と対応工数の増大を招き、高頻度の変更は難しくなります。
以下の技法は、HVIT環境において迅速かつ効率的な開発を実現するために重要です。IaC(Infrastructure as Code)によるインフラの自動化、疎結合アーキテクチャの採用、継続的なレビューとフィードバック、継続的インテグレーション/継続的デプロイメント(CI/CD)と継続的テストによる迅速な開発と品質保証、カンバンによる進捗(しんちょく)管理は、柔軟で迅速な対応を可能にし、ビジネスの変化に素早く適応するための鍵となります。これらのアプローチを適切に組み合わせることで、組織はHVITの環境下での競争力を高め、持続可能な成長を達成することができます。
「Ansible」「Docker」などのツールを使用して、インフラストラクチャをコードとして定義し、自動化します。インフラのセットアップ、構成、管理が迅速かつ一貫性を持って行えるようになります。
マイクロサービスやコンテナ化を採用し、システムを小さく独立したコンポーネントに分割します。また、古いアプリケーションを徐々に新しいアプリケーションへ置き換えること(アプリストラングレーション)にも取り組みます。
定期的なレビューを通じて、過去のイテレーションやプロジェクトの成功と失敗を振り返ります。ポストモーテム分析を行い、問題の原因を特定し、将来の改善に生かします。
プロジェクトの進行中に定期的にフィードバックを収集し、それに基づいて方向性を調整します。
マスターブランチ(トランク)を中心に、CIとCDを実施します。カナリアリリースやブルー/グリーンデプロイメント(B/Gデプロイ)を通じて、リスクを最小限に抑えながら新機能を展開します。
テストコードを可能な限り簡潔に保ち、外部依存性を最小限にします。本番環境と同様の条件でテストし、品質を確保します。
カンバンボードを使用して、各タスクの進捗状況を可視化し、チーム全体で共有します。タスクの優先順位付け、進捗管理、ボトルネックの特定を行い、効率的な作業フローを確立します。
これらの技法は、HVIT環境においてシステムのレジリエンスを高め、迅速かつ効率的な運用を実現するために重要です。技術的負債の管理、カオスエンジニアリングによる耐障害性のテスト、明確な完了の定義、バージョンコントロール、AIOpsの活用、ChatOpsによる運用の自動化、SRE(Site Reliability Engineering)の実践は、システムの信頼性を高め、ビジネスの変化に柔軟に対応するための鍵となります。これらのアプローチを適切に組み合わせることで、組織はHVITの環境下での競争力を高め、持続可能な成長を達成することができます。
技術的負債とは、標準を満たさないソフトウェアの修正に必要な再作業の総バックログを指します。短期的な解決策や不完全な設計が積み重なることで発生し、長期的にはシステムの複雑性を増し、メンテナンスコストを高めます。
システムの不安定な状態に耐える能力を高めるために、本番環境で意図的に障害を発生させる実験を行います。「Chaos Monkey」など(Latency Monkey、Doctor Monkey、Security Monkey、Janitor Monkey)のツールを使用して、システムの耐障害性をテストし、弱点を特定します。
製品やサービスに対する合意された基準のチェックリストを明確に定義します。これにより、開発チームは何が求められているかを正確に理解し、品質を保証することができます。
AI(人工知能)技術をIT運用に組み込み、システムの可用性やパフォーマンスをモニタリングします。障害の早期発見、予測分析、イベントの相互関係と分析を行い、迅速な対応を可能にします。
チャットプラットフォームを中心に、botやサービスを統合し、運用管理の自動化を図ります。チーム間のコミュニケーションを促進し、迅速な意思決定と問題解決を支援します。
手作業や繰り返し作業を減らし、自動化可能な作業に注力します。エラーバジェットの管理を通じて、システムの安定性と新機能のリリースのバランスを取ります。
価値共創技法は、HVIT環境においてサービスプロバイダーとサービス消費者が共に価値を創造し、デジタル製品やサービスの成功を促進するために重要です。サービス消費者の深い理解と協働によって、より効果的で満足度の高い製品やサービスを提供することが可能になります。
サービスプロバイダーとサービス消費者が共同でデジタル製品やサービスの開発に関わり、双方の知識と経験を活用して価値を創造します。
サービス消費者は、サービスの技術的アウトプットと、それが人間の観点からどのように認識されるかを基にサービスを評価します。この組み合わせにより、サービスは単なる機能提供を超えた価値を提供することができます。
サービス消費者からのフィードバックを積極的に収集し、製品やサービスの改善に活用します。
サービス消費者を開発プロセスに積極的に参加させ、共同で製品やサービスを設計、開発します。これにより、消費者のニーズと期待により密接に対応した製品が生まれます。
個々のサービス消費者のニーズに合わせて製品やサービスをカスタマイズし、よりパーソナライズされた体験を提供します。
デジタルサービスの設計と開発において、ユーザーエクスペリエンスを中心に据え、サービス消費者が直面する実際の課題やニーズに対応する機能を組み込みます。
保証された適合技法は、開発と運用のプロセスにおいて、コンプライアンス要件を満たし、セキュリティを確保することを目的としています。DevOps監査防御ツールキットによる自動化されたチェック、DevSecOpsによるセキュリティの統合、査読による品質保証は、製品やサービスの信頼性を高め、リスクを最小限に抑えるための鍵となります。
開発プロセス中に、従来のコンプライアンス要件に沿っているかどうかをチェックするためのツールキットです。コードの品質、セキュリティ、その他の規制基準を自動的に評価し、適合性を保証します。
アプリケーション開発とIT運用業務にセキュリティ活動を統合します。セキュリティインシデント管理、リスク管理、コントロールのレビューと監査、IDおよびアクセス管理、イベント管理、侵入テスト、脆弱(ぜいじゃく)性スキャン、セキュリティ関連の変更管理などを含みます。
コードやドキュメントの品質を確保するために、同僚にレビューしてもらいます。アドホックレビュー、パスアラウンド、ピアデスクチェック、ペアプログラミング、ウォークスルー、チームレビュー、インスペクションなど、さまざまな形式のレビューがあります。
HVITは、DX(デジタルトランスフォーメーション)の実現に必要なものを提案するコンテンツであり、ビジネス目標を達成するためにデジタル技術をどう活用すべきかを教えてくれます。ぜひ活用してみてください。
次回は、DPI(Direct, Plan & Improve:方向付け、計画、改善)の資格を解説します。
アクセンチュア株式会社 テクノロジーコンサルティング本部 インテリジェントクラウド イネーブラー グループ アソシエイト・ディレクター
ITサービスマネジメントの専門家として15年以上のコンサルティング経験を持ち、SREを扱う組織のco−Leadを担う。多くの業界で経験を有し、特に金融業界での運用コンサルティング案件、クラウド戦略案件を数多く手掛け、ITサービスマネジメントの高度化、ロードマップ策定、運用組織変革、SaaSツール導入などに強みがある。
ITIL 4に関して、豊富なコンサルティング経験に加え、講演、寄稿を通じてマーケットへ情報を発信するなど造詣が深い。ピープルサート社からの依頼に基づく、ITIL 4/DevOps/DevSecOps/SRE等のフレームワークのアドバイスとレビューも担当している。2022年に『ITIL 4の基本 図解と実践』(日経BP社)を刊行した。
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