IT訴訟解説筆者が考える「セクシー田中さんドラマ化」問題と破綻プロジェクトの共通点――原因と再発防止案は?「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(115)_特別編(4/4 ページ)

» 2024年07月01日 05時00分 公開
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求められるドラマ化のプロセスと契約の改善

 私には本問題のもう1つの原因は、原作者、出版社、テレビ局、脚本家のコミュニケーション不足と、それによるドラマ化の方向性の不統一にあるように思えます。

 一緒に新しい作品を作り上げるという意識の変化と環境作りがあれば、原作者にも脚本家にも多大な負担をもたらし、双方のプライドを傷つけることはなかったのではないでしょうか。

 そして、このコミュニケーション不足をもたらした原因は、テレビ局および出版社のドラマ制作に関する既存のプロセスと契約にあるように感じます。企画から放映までの期間が限られているのかもしれませんが、やはり、企画時点、脚本執筆時点での原作者との話し合いは重要でしょう。私はテレビ業界の人間ではありませんが、本作のようなプロセスが慣習化、制度化しているのなら、これを機に改めるべきと考えます。

 契約も改めるべきです。通例で原作者などとの契約は、企画が終わり脚本も確定してから締結するようです。しかし本来は、「原作者、出版社」と「テレビ局、脚本家」の役割分担や諸権利を脚本執筆段階までに決定していなければなりません。

 原作に意図しない改変が加えられそうなとき、原作者には何をどこまで守る権利があるのか、逆に原作を守るための打ち合わせへの参加をどこまで義務付けるか、脚本家はどこまで原作者の意見を入れるべきか、原作者や脚本家のクレジットの出し方はどうすべきかなど、執筆終了後に決められても何ら意味のないことです。

 契約を脚本執筆前に締結すること、契約の前提条件としてドラマの意図を両者が合意していること、原作者と脚本家の対話と協力をできるだけ具体的に契約条項としておくことは、今回のような問題を防ぐ意味で一定の効果があるのではないでしょうか。

全てのプロジェクトに健全なプロセスを

 これまで述べてきたように「セクシー田中さんドラマ化」問題は、ITの開発にもさまざまな示唆と教訓を与えてくれるものでした。

 良いシステム作りの上では、ユーザー企業とベンダーが1つのチームとなり、1つの目的を共有し、開発の開始から終了まで話し合いを続けること、システムの機能は変わってもその意図は外さないこと、そうしたことを実現する開発プロセスと役割分担、コミュニケーション、そして契約が大切であることを今回の問題では再認識した思いです。

 最後になりましたが、ここからはITの関係者というより一人の作家としての危惧を、蛇足とは思いながらも申し述べたいと思います。

 文中でも触れましたが、作品のドラマ化に不満を覚える原作者は多いようです。芦原さんの死を契機にそうした声が改めて上がっていますし、著名な作家が特定のテレビ局に作品を提供しないと決めているという話も聞きます。こうしたことが続けば、やがて多くの原作者がドラマ化を敬遠することにもなりかねません。

 文中でも申し上げたように、ドラマは原作とは異なる一つの作品だと私は思います。原作のあるドラマを制作する機会が減ってしまうなら、それは一つの文化的損失ですし、テレビ局や出版社にも負の影響をもたらすことでしょう。今回の問題を機に、強者であるテレビ局にはプロセスと契約の在り方を真剣に検討いただきたいし、原作者サイドもドラマが新しい作品であるという意識を持って、ドラマ化に積極的に関わるべきではないか。そんな思いを持ちました。

ドラマ化に当たって、原作者が寄せたコメント(日本テレビ「セクシー田中さん」公式サイトより)

細川義洋

細川義洋

ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった

個人サイト:CNI IT Advisory LLC

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