ソフトバンクグループがクラウドネイティブコンピューティング(データセンター向け)プロセッサを開発する「Ampere Computing」の買収を発表した。最近は、AI(人工知能)向けプロセッサの設計に注力しているようだ。既に同社が設計したプロセッサは、Oracle CloudやGoogle Cloudに採用されている。今回は、このAmpere Computingについて少し深掘ってみた。
相当前になるが、頭脳放談「第213回 Intel元社長が仕掛けるARMコアのサーバ向けプロセッサの成否」で「Ampere Computing」という会社のクラウドネイティブコンピューティング(データセンター向け)プロセッサ、について書かせていただいた。コロナ前、同社が発足して間もなくの頃だ。Armコアのデータセンター向けのプロセッサについて紹介した。
ひと昔どころか、ふた昔くらい前から、Armコアのデータセンター/サーバ向けプロセッサで、Intelの金城湯池から市場を奪おうという動きはあった。しかし、かつては死屍累々のありさまで、今度こそはという意気込みを感じたものだ。実際、サーバ機市場にArmコアのマシンが受け入れられ始めていた頃であった。現在では、クラウド上でArmコアのマシンを普通に確保できるようになっているし、市場的には特に抵抗もなくなってきているようにも思われる。
その過去回の記事を読み直したならば末尾の方で「うまくARMベースのサーバの市場を立ち上げられたら、さっさと会社売却、売却先は……」と勝手なことを書いてしまっていた。
そして2025年3月20日、Ampere Computingは買収されることになった。買収するのは例によってという感じなのだがソフトバンクグループである(ソフトバンクグループのプレスリリース「当社によるAmpere Computing Holdings LLCの持分の取得に関するお知らせ」)。全額現金で65億ドルということだ。
実際に取引が完了するのは、規制当局の承認後の2025年後半という予定であるようだ。ご存じの通り、ソフトバンクグループはArmの親会社でもある。Arm自身もサーバ機向けのコアを持っているのが多少ややこしいが、Armアーキテクチャをベースにした(Ampere Computingの最新設計では独自設計のArmコアを使っているらしい)製品ベンダーを投資先に加えるのは、Armアーキテクチャ全体の市場拡大を考えれば問題ないのであろう(Armのサーバ向けプロセッサについては、頭脳放談「第298回 Armが方針転換? 『設計図だけでなく自前の半導体製品を販売するかも』報道の真相」参照のこと)。
もともとAmpere Computingはクラウドネイティブコンピューティングを掲げていた。しかし、その後の紆余(うよ)曲折の中で多少事業を全方位的に広げているようだ。
一番のインパクトはAI(人工知能)の急激な市場拡大への対応であろう。AIはクラウド側だけでなくエッジでも対応が必要になっているので、製品の裾野を組み込み方向に少し広げたようだ。
ただし、出自がクラウド側なので裾野を広げたといっても末端のマイクロコントローラー的なところまではまだ達していないようだ。それらを束ねる「エッジ側」のサーバといった程度の立ち位置に見える。
Armコアがアピールできるのは端的にいうと密度である。いかに狭いスペースに大量のプロセッサを詰め込めるか、それを許せる消費電力と性能とのバランスが取れるかだ。そしてコストパフォーマンスである。
Ampere Computingの製品が競合するx86(x64)製品だけでなく、他社のArmコア搭載製品と張り合って、勝ち切れるかどうかはそこにかかっている。Ampere Computingが公開している「Ampere Workloads」ページなど見ると、どうも「2倍」や「3倍」という数字がしばしば登場する。確かに2倍、3倍のアドバンテージを何年もの間保っていけるのであれば未来は明るいのだろう。
Ampere Computingの製品そのものは、今までにそれなりの実績を積み上げてきている。クラウド側では、Oracle Cloud、Google Cloud、Microsoft Azureなどの一部のインスタンスに採用されている。また、ハードウェア製品側ではSuper Micro Computer、GIGA-BYTE Technology、Hewlett Packard EnterpriseがAmpere Computing製チップを搭載した製品を販売しているようだ。
それなりの実績を積み上げてきているものの、製品販売から上がる利益だけで資金需要の旺盛な立ち上げ期の会社を何年も回せてきたようには思われない。実際には「Carlyle(カーライル)」と「Oracle」が主要な資本家としてここまで支えてきたみたいだ。ソフトバンクグループが買収することで、それら資本家は売り抜けられる。どれだけの金額を投資してきたのか分からないが、エグジットに成功したというところだろう。
一方、ソフトバンクグループはArm採用製品の市場動向に誰よりも詳しいはずだ。そこが大枚をはたいて買収するのである。現在進行中の異常事態を考えなければ、それなりの勝算あっての決断に違いない。
ここまで書いてきたが、一番肝心なことについて触れていない。このところ急激に進んでいるトランプ関税というか貿易戦争の一件である。
Ampere Computing自体は米国企業であり、現状の主要取引先も米国企業である。しかし、当然ながらAmpere Computingの製品は台湾TSMC製造である。また取引先のハードウェアメーカーも主としてアジア圏とのサプライチェーンに頼っているはずだ。サプライチェーンの1カ所が滞っただけで大混乱が生じるのは、東日本大震災の時もコロナ禍の時も、皆さん経験した通りである。
また、主要な市場である米国のクラウド市場が、予想外の景気変動に襲われる恐れもある。何といってもクラウドの顧客は、必要なリソースを即座に拡大できる一方で、縮小も簡単だからだ。景気後退が需要減退に直結する可能性もあるだろう。そうした局面ではいくら効率的だといっても新規の設備投資には手が伸びにくい。そういうリスク局面での買収ということになる。
一方、米国のAI市場に投資するということをハッキリ宣言している一環としての米国企業の買収という意義もある。有言実行か。目先の混乱を乗り越えられれば、クラウド市場もAI市場も伸び続け、その中でのArmコア製品のシェアも伸び続けるものとみるのが自然だ。そこでの主要プレイヤーの一社としてAmpere Computingが生き残るというシナリオはあり得る。NVIDIAほどの急激な拡大はないだろうが、市場規模的には半導体大手の一角に食い込める可能性もあるだろう。
しかし、これからの関税戦争、貿易戦争(本当の戦争にならないことを望むが)の動向次第だろう。何といっても半導体業界は、関税などほぼほぼ無視できる環境下で、前工程、後工程、部品、材料など世界中を股にかけてやりとりして成長してきた業界なのだ。
半世紀ほど前でも、米国で製造したウエハを航空便でマレーシアに送って組み立て、また米国に戻してから、海外のボードメーカーに出荷するなど普通にやっていた。震災やコロナ禍の時のような物流の停滞はないにせよ、コスト面での混乱はあるだろう。
そして、市況への影響もじわじわと、しかし結構急速にやってくるだろう。他社がちゅうちょしているタイミングでの積極策として将来の大成功につながるか、それとも悪くないシナリオだったけれども時期がマズかったと後で言われることになるのか、全く予想がつかない。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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