DXにおけるゴールを決める上で、将来必要となる職員数と業務量の把握はもちろん重要だ。だが、住民のニーズを知るためには、住民が置かれている状況を見える化し、分析する必要があった。そこで、市で持つ住民の統計データを可視化し、そこから、行政として必要な施策を意思決定していくのだ。こうした仕組みはEBPM(Evidence-based Policy Making:証拠に基づく政策立案)と呼ばれる。さまざまなデータを収集、蓄積、分析、可視化し、意思決定を支援するための手法だ。
だが、住民データはそれなりのボリュームがあり、日々発生する履歴データも含めると仕様が複雑になる。また、スキル的に見ても、ある程度のレベルに達していなければEBPMを実現するのは難しい。
自分たちでできる実現可能性を考えると、いきなり本丸に手を付けるよりも、「街頭消火器を地図上にマッピングする」「保育所の所在地と入園可能な人数を表示する」など、データ量が少なく、かつ、個人情報も含まないデータを対象にして、「スモールスタートで始めた方がいいのではないか」と、方向性を見直すことにした。
方向性を見直したものの、島田さんが所属しているのは情報システム部門であり、市民に関わるデータを直接収集していない。そのため、行政データの可視化をスモールスタートで始めるにしてもデータが手元になく、何から始めるべきなのか分からなかった。そこで、直接市民向けの事業を持っている部署にニーズ調査をしてみることにした。
「職員の皆さんにニーズを聞いても、すぐには手を挙げてくれないんじゃないかと不安でした。全庁に照会しましたが、はじめはどこの課からも回答が来ませんでした」
だが、協力を仰いで行く中で、少しずつだがニーズが上がるようになってきた。保育所の位置と受け入れ可能人数の見える化で協働した、文化スポーツ部 文化生涯学習課 文化振興係長の佐々木さんは話す。
「当時、私は保育支援課にいました。以前、他の自治体に保育所の所在や受け入れ可能な人数など、情報を地図上にマッピングする先行事例があることを知り、『保育情報には、こういう使われ方があるんだ!』と興味を持っていました。今回、情報戦略課からニーズ調査があり、『ひょっとしたら、うちでも協力できることがあるんじゃないか』と思って応募しました」(佐々木さん)
ニーズ調査の案件について、最終的には9課14件集まった。「反応がないことも想定していたので、14件というのはすごい救いでした」(島田さん)
行政のデータを可視化できそうなニーズは分かった。だが、可視化といっても「どのようにすれば行政データを地図上にマッピングできるのか?」「データをグラフ化し、分析できるのか?」――この時点では、皆目見当がついていなかった。
そこで、島田さんは「まず、基本的な知識を収集したい」と、東京都26市が集まる「市長会」のデータ利活用研修に参加した。市長会は東京都や市の職員が事務局を運営しており、26市共通の行政課題から重点テーマを決めて協働で取り組んでいる。令和3年から7年までのテーマは多摩地域における行政のデジタル化推進だった。
データ利活用研修では、技術的な質問ができる場面があった。そこで島田さんは、講師に対して「市で持つ事業の統計データを可視化したい」「だが、技術的に行き詰まっていることが幾つかある」と質問した。研修後、そのやりとりを見ていたGovTech東京のメンバーから声を掛けられた。
「GovTech東京」とは、東京都の区市町村におけるDXを推進するための組織だ。都庁だけではなく、区市町村全体のデジタル化・DXも支援するために設立された東京都の外郭団体である。行政職員に加え、デジタル人材を独自に採用し、区市町村のDX支援に当たっている。
GovTech東京のメンバーに現状の課題を相談したところ、統計データ可視化を支援してもらえることになった。島田さんは、淡い期待を抱いた。「技術上の課題はこれで解決する」「もしかしたらアプリケーションも作ってもらえるんじゃないか」――だが、GovTech東京には「技術的な助言や設計支援はするが、実際の開発や運用は自治体自身が担う」という方針があった。自治体が自分たちの力でDXを推進できるよう、伴走しながら知見や手法を提供する「支援型」のスタンスを取っているのだ。
当初、アプリケーションを自分たちで作れる自信はなかった。だが、GovTech東京から支援された手順で作ってみると、それほど難しくなく「これなら、自分たちでもできそうだ」と島田さんは先行きの見通しに明るさを感じた。
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