この情熱まで、AIに奪われてたまるか!
日中のオフィス。お気に入りのコーヒーを片手に、静かにモニターと向き合う。複雑に絡み合ったバグの糸口をようやく見つけ、最後の1行を書き換えてテストが通った瞬間――。
脳内にあふれ出すあの静かな興奮と、世界が少しだけクリアに見えるような感覚。エンジニアなら誰しも、そんな誰にも邪魔されない「ものづくり」の貴重な時間と、「知的な冒険」としての原体験があるはずです。
しかし最近、その「冒険」の景色が少し色あせて見えるときがあります。AI(人工知能)の登場で、開発環境は劇的に変わりました。かつて数時間かけて書いていたコードは数秒で生成され、エラーの原因もAIが即座に指摘してくれます。こうした状況に「生産性が上がった」「便利になった」という声があふれています。
いままで大好きだったプログラミングが、最近なぜか「つまらない」。仕事の速度は上がったはずなのに、かつてのような達成感が湧いてこない。AIで将来の雇用が奪われる不安以上に、現在進行形で「つくる喜び」を奪われている気がする……。心のどこかで「以前とは何かが違う」という、言葉にならない違和感を抱いてはいないでしょうか。
もしあなたがそう感じているなら、それはあなたが変化についていけないからではありません。むしろ、あなたが「エンジニアとしての本質的な醍醐味(だいごみ)」を誰よりも大切にしてきたからこそ、いま、その喪失感に苦しんでいるのです。
私たちが覚えている違和感の正体は、AIが「能動的な試行錯誤」という、エンジニアリングで最も楽しく、美しい部分を奪ってしまったことにあります。
エンジニアが最大の達成感を得られるのは、複雑な問題に対して「なぜだろう?」と問い続け、仮説を立てて検証を重ね、「そうか! こうすればいいんだ!」と問題の本質を突き止めた瞬間です。それは単なる「作業」ではなく、知性を駆使した「パズル」のようなものです。原因は何かを絞り込み、どんな手順で仮説を証明するか。この「思考プロセス」そのものがエンジニアリングの醍醐味でした。
しかし、AIに解決策を丸投げして得られた答えは、推理小説の結末だけを教えられるようなものです。「動くもの」は手に入りますが、そこにたどり着くまでの知的な興奮や「自分がやった」という実感が失われてしまいます。
AIに指示を出してコードが書かれるのを待つ「バイブコーディング」というスタイル。プログラミングの専門知識がなくても、AIに自然言語で「要望」や「意図」を伝えることで、アプリケーションやシステムを開発できる新しい手法として、最近注目されています。
しかし、AIに指示を出し、出来上がりを待つこのプロセスは、エンジニアが得意とする能動的な「仮説の立案」や「思考」とは程遠い体験です。車に例えるなら、自動運転の車を運転するようなもの。目的地には着きますが、「自分の意思でこの場所まできた」という手応えは残りません。自分でハンドルを握り、「認知、判断、操作」を繰り返すからこそドライブは楽しいのです。
プログラミングの面白さの一つは、「どうすればもっと美しくコードを書けるか」「より効率的なアルゴリズムはないか」と、粘り強く知恵を絞ることにあります。しかし、AIによるコード生成には、その面白さがありません。それは「ただ、動けばいい」という、その場しのぎで作った、魂が入っていないマクロと大差がないように見えます。
探求心や美学を持たずにAIが出力したコードをコピペしても、面白みがない。職人としてのプライドを持つエンジニアにとって、こうした「楽しくないコード」をいくら量産しても、心理的な摩耗以外の何物でもありません。
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