自動運航船を“動く技術”から“使える技術”へ 「MEGURI2040」に見る社会実装の速度開発と運用のギャップを埋める技術戦略(3/3 ページ)

» 2026年09月07日 05時00分 公開
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実運用で見えた壁――自動化は「動く」だけでは足りない

 機能要件を満たしていても、現場の業務では使いにくいソフトウェアがある。処理に時間がかかる、画面に必要な情報が多過ぎる、例外時に何を見ればいいのか分かりにくい、既存の業務手順と合わないなどが相当するだろう。こうした問題は、開発環境や限定的な実証では見えにくい。本番に近い条件で使って初めて、運用上の課題として表出してくる。

 自動運航船でも、同じことが起きる。自動で航行できること、自動で着桟できることは確かに大きな成果といえる。しかし、定期航路の中で使うには、単に「できた」だけでは足りない。決められた時刻に出港し、決められた港に着き、荷役や旅客の乗降につなげなければならない。船の動きは、運航ダイヤ、港湾作業、乗組員の業務に直結する。

 自動着桟では、岸壁へ安全に近づき、船体を制御して所定の位置へ寄せる必要がある。技術的には難度の高い処理だが、加えて実運用では所要時間も重要になる。安全を優先してゆっくり着桟できても、定期航路の運航に支障が出れば、そのままでは使いにくい。

 海野氏によると、実証では乗組員から「もう少しスピードを速くできないか」といった実務的な意見も出たという。これは自動着桟の成立性を否定するものではなく、定期航路の運航に組み込む段階で見えてきた実務上の調整課題といえる。

 船上の表示や機器配置にも同じことがいえる。自動運航船では、航路、周囲の船舶、気象、機関状態、システムの状態など、多くの情報を扱う。だが、扱う情報を増やせば安全になるわけではない。

 「乗組員が必要な情報を短時間で理解できること」「異常時に確認すべき対象が容易に把握できること」、そして「船舶内の限られた空間に機器を収めること」が求められる。一方で、船舶には表示すべき情報や機器配置に関するルールもある。画面設計やレイアウトは、使いやすさだけで自由に決められるものではない。

 自動運航船は、船だけで完結する技術でもない。出入港時には港湾の設備や運用と接続し、航行中には通信環境や陸上側の支援体制とも関係する。船上システムが自律的に動作するとしても、商用運航の中で使うには、船、陸上、港湾、制度をまたいだ確認が必要になる。

 こうした課題の表面化は、自動運航船が実験用の技術から、実際の運航で使う技術へ近づいたことを示している。重要なのは、実運用に近い環境で得た課題やデータを、次の迅速な改良とルール作りへつなげることだ。

第二ほくれん丸操舵室 RORO船「第二ほくれん丸」の自動運航対応操舵室。既存船に自動運航関連機器をレトロフィットする方式は、就航中の船を活用できるため、普及を考える上で現実的な選択肢になる。一方で、既存の操舵室レイアウトに機器を追加するため、表示機器や操作系の配置には制約も生じる
げんぶ操舵室 新造内航コンテナ船「げんぶ」の自動運航対応操舵室。新造時から自動運航機能を前提に設計することで、航行監視、操船制御、機関監視などに関わる表示・操作系を統合的に配置しやすい。ただし、当然ながらこの方式は新造船限定で、既存船へそのまま適用できる手法ではない

実運航データを“国際ルール策定の主導権”にどうつなげるか

 仕様書だけで運用ルールまで決められるソフトウェアは珍しい。実際の利用状況、障害の発生条件、処理時間、利用者の操作、例外処理の頻度を見なければ、本番で必要な要件は見えてこない。システムの標準仕様や運用ルールを作る場合も、実運用で得たデータは強力なファクト(根拠)になる。

 自動運航船でも、同じことがいえる。実証海域で自動航行に成功することと、商用運航の中で自動運航機能を使い続けることは別だ。天候、海象、他船の動き、港湾の状況、乗組員の確認作業、機器の動作状態、通信環境などは、実際の航海の中で変化する。こうした条件の中で自動運航機能を使い、データを蓄積することで、技術の有効性や運用上の課題を説明できるようになる。

 MEGURI2040が第2ステージで目指したのは、自動運航船を一度だけ動かすことではない。商用運航の中で自動運航機能を使える状態にし、実際の運航データを取得することも重要な目的だ。船舶検査を受け、自動運航船としての機能を商用運航中に使えるようにする理由もここにある。実運航時のデータがあれば、どのような条件で自動運航機能を使えるのか、どのような安全確認が必要なのか、どの部分に制度上の整理が必要なのかを具体的に示せる。

 このデータは、国内の制度整備だけでなく、国際ルール作りにも関係する。船舶は国境を越えて運航されるため、自動運航船の扱いも国内だけで完結しない。IMOやISOなどで国際基準や規格を検討するとき、実船で得たデータを持っていることは策定作業の主導権で大きな意味を持つ。技術の可能性を説明するだけでなく、実際の運航でどのように機能したのかを示せるからだ。

 日本財団がMEGURI2040をオールジャパンで進めた理由の一つも、個々の企業が自動運航技術を開発するだけでは、国際ルール作りに必要な実運航データを十分に集めることが難しいからだ。複数の船種、航路、運用条件で実証し、その成果を国土交通省や関係機関と共有することで、日本として国際的な議論を主導できる材料を持つことになる。

 自動運航船の社会実装では、技術を完成させるだけでは足りない。実船で使い、データを取り、課題を整理し、ルールに反映する。この循環を作れるかどうかが、「動く技術」を「使える技術」に変える分岐点になる。

海野氏MSC111 2026年5月15日、ロンドンのIMO本部で開催されたMSC111で、MEGURI2040第2ステージの成果を発表する海野光行日本財団常務理事。日本財団は、プロジェクトの全体像、自動運航船の検査体制、船員教育などを紹介した。MSC111では、自動運航船の国際的な安全基準であるMASSコードも策定された。MASSコードは当面、非義務的に運用して経験を蓄積し、2032年の義務化に向けた議論が始まる予定とされている。

長浜和也

長浜和也

フリーランスライター。雑誌『世界の艦船』やボードウォーゲーム専門誌『BANZAIマガジン』、MONOist、ねとらぼなどで船舶関係の記事を執筆する傍ら、図上演習(ボードウォーゲーム)のデザインに携わる。

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