自動運転スタートアップ「ティアフォー」のアルジュン氏は、ドバイや米国など4カ国を渡り歩いた「永遠の移民」だ。世界を見てきた彼は、なぜ米国の最先端現場を離れ、日本を終の住処に選んだのか。自動運転が変える未来と、日本社会への鋭い提言をうかがった。
「人間が自動車を運転しなくなることが目標です」。
そう語るのは、日本の自動運転スタートアップ「TierIV(ティアフォー)」でPlanningandControlEngineerとして活躍するArjunJagdishRam(アルジュン・ジャグディッシュ・ラム)氏である。
ドバイ、インド、米国、シンガポールという異なる文化圏を渡り歩いてきた彼が、なぜいま、東京でハンドルのない未来を描いているのか。その背景には、鋭い文明批評と「最適解」を求めるエンジニア魂があった。
アルジュン氏が描く10年後の世界において、「運転」という行為は、その姿を大きく変えているはずである。
彼は現在、ティアフォーでロボタクシーや無人バス、工場内ロボットなど、さまざまな自動運転プラットフォームの開発に携わっている。仕事での感触から、この先10年で、上海やシンガポールの港湾、トラック業務は100%近く自動化すると予測している。少なくとも、現在30歳(本人いわく「ミソジです」)のアルジュン氏が生きている間にはそうなると考えている。
彼にとって自動運転は単なるテクノロジーの誇示ではない。それは経済的な必然であり、物流や労働の在り方を根底から覆す構造改革である。
経済的にメリットのあるトラックや港湾、電車などの自動化が先行し、タクシーなどの商業運転、そして一般乗用車の完全自動化へと進む。そうなれば、現行の50%近くの労働者が不要になり、運転手という職業の働き方も変わるだろうと予測する。
「今後は、『コントロールルーム』で安価な労働力(人)が複数の車両を遠隔監視するモデルが増えると思います。コントロールルームで20〜30人の人が働き、1人当たり10〜15台くらいのタクシーを制御する、といった方法です。経済的に説得力があるモデルです」
それは大変経済的であり、人材不足解消や危険な作業から人間を守る効果があるだろう。半面、車を運転する楽しみを人から奪うことにもなるのではないだろうか。その問いに「自動運転化による財務的な利点、経済的な優位性が完全には分からないため、いまは正直申し上げてよく分かりません」と前置きしつつ、アルジュン氏はある未来を予言する。
「将来、運転は乗馬のような趣味になり、一部の人が楽しむために運転する、ということになるでしょう」
アルジュン氏のこうした冷徹かつ多角的な視点は、彼が人生を通じて「常に移民であった」という記憶に由来する。
インド系のアルジュン氏だが、両親の仕事の関係で生まれは中東のドバイ。12歳まで過ごした。だがドバイは、彼にとって愛着を持って振り返る「故郷」ではなかった。
「ドバイは『故郷(ホーム)』とは呼べない場所ですね。ネイティブ以外の人にとっては、マカオや香港、シンガポールのような過渡的な場所です。サンフランシスコのような『リミナル・スペース(境界上の空間)』であり、カトリックで言うところの『煉獄(れんごく:プルガトリオ)』のような、天国か地獄か神の裁きを待つ間の中間地帯です」
両親は20年間近くドバイで暮らしていたが、永住権は得られなかった。そこに2008年の世界金融危機が起こり、金融機関に勤めていた両親はインドへの帰国を決断した。
両親と共にインドへ移住したアルジュン氏を待っていたのは、世界でも有数の苛烈な教育環境であった。彼は13歳にして、既にエンジニアとしての「言語」を習得していたという。
「インドの教育システムでは、初日から全員が科学技術を教え込まれ、ボリウッド映画の『きっと、うまくいく(3Idiots)』でも描かれているように、誰もが医者かエンジニアになる道へ押し込まれます。中学1年(7年生)で転入した私立校にはコンピュータ室があり、C++を学びました。8年生でICSE(インドで最も難しいとされる私立カリキュラム)の学校に転校し、C++に加え、メモリ管理なども学びました。英語の授業も3種類ありました」
アルジュン氏いわく、インドの教育システムは「奇妙」である。高校(ICSE)時代に相対性理論や量子力学、有機化学などを詰め込み、MIT(マサチューセッツ工科大学)やハーバード大学に入るよりも難しく、中国の「高考(ガオカオ)」に次いで難易度が高いといわれる大学入試に挑む。
彼はとても優秀だったのであろう。その苛烈な受験戦争を勝ち抜き、インド国内屈指の難関私立工科大学、ラマイア工科大学(RamaiahInstituteofTechnology)に進学し、電子工学を専攻する。
だが、聡明(そうめい)な彼にとって、大学での授業は退屈なものであった。本の内容を詰め込むだけの授業は、産業界で使える実践的なものではなかった。さらに、大学を卒業しても、インド国内で就職できるのは「同じようなIT企業の下請け」ばかりであった。
不思議の国「日本」を理解するために、インド人が続けてきたこと
インドのエンジニアが社内でインドの言葉をしゃべらない理由
兄が私を技術の世界に連れて行ってくれた
技術かマネジメントか どちらかではなくどちらも大切Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.