苦しいときは、目の前のことに集中する:転機をチャンスに変えた瞬間(7)〜宇宙飛行士 野口聡一
打ち上げ計画凍結でいつになればシャトルに搭乗できるのか分からない。同僚たちが続々と退職する中で、訓練を続けた野口さんが考えていたこととは
宇宙開発事業団入社後、米国NASAの宇宙飛行士養成コースに参加し、さまざまな訓練を受けスキルを高めていった野口さんは、2001年7月打ち上げのスペースシャトル「エンデバー号」への搭乗が決定した。しかし、打ち上げの延期や搭乗シャトルの変更、さらには2003年2月の「コロンビア号」の空中分解事故を受けてのスペースシャトル打ち上げ凍結など、さまざまな困難が野口さんを襲った。いつになったら夢の宇宙へ飛び立てるのか分からない不安の中、それでも野口さんは諦めなかった──。
実現の可能性が低くても、諦めたら悔いが残る
丸山 宇宙飛行士の候補者になっても、実際に宇宙へ飛び立てるのはその中の一部。候補者になりたてで実績も経験もない野口さんは、転職後、大きな不安もあったと思うのですが。
野口 自分の能力をアピールするにしても、実績がなければ、評価してもらえません。もちろん最初は、できることも少ないし自信も持てません。そんなときは「やる気だけはある」それだけでもいいと思うんです。そして、自分を厳しく見つめて、立ち位置をきちっと把握し、そこから先に進むにはどういう勉強が必要なのかを考える。
僕はNASAだけではなく、ロシアにも滞在して勉強しました。まだロシア式の船外活動訓練をした西側の宇宙飛行士は珍しい時代で、しかも新人飛行士が突然乗り込んで来たわけですから、ロシアの宇宙関係者も驚いたと思います。でもその経験は、後々生かせました。
何が幸いするか分からないけれど、大切なのは情熱なのかなと。情熱をもって、前向きに、積極的に仕事に向き合ってさえいれば、評価は後からついてくるものですから。
丸山 コロンビア号の事故があり、スペースシャトル打ち上げが凍結され、先が分からなくなってしまった。その後2年以上、シャトルが打ち上げられない歳月が続きました。その時期に多くの宇宙飛行士が退職したと聞きましたが。
野口 米国人のドライさなのでしょうか、何かを身に付けるのも早いけれど、それを捨ててしまうのも早いというか。確かにあのときは、宇宙へ飛ぶ夢を持ち続けることのリスクもあったと思います。訓練しながら凍結解除を15年も待っていたけれど駄目だった、という可能性もありました。
でも、僕はそのとき「夢を実現する可能性が低くなったからといって、ここで諦めてしまったら悔いが残る」と思ったんです。だから、辛抱強く待とうと。希望的観測で、急に明日、凍結が解除されて全てが好転するかもしれない、と期待していました。それがなかなかそういうことにはならなくて。
最後は「もういいや。どれだけ待っても、このまま頑張ってみよう」と覚悟しました。そう決めた辺りで、打ち上げ再開が決まったんです。苦しい状況では、余計なことを考えず、打ち上げの日に備えて自分ができることをする、目の前のことだけに集中する、それだけを心掛けていました。
丸山 困難に負けないだけの夢、それに傾注できる情熱。今、将来を決めあぐねている人の中には、そうしたものがまだ自分の中に明確には芽生えておらず、逆にそうしたものを求めて新たなフィールドへ飛び出してみたいと考えている人もいると思います。そうした人々へ、アドバイスをいただけますか。
野口 周りがみんな転職しているからとか、周りがみんな転職せずに残っているからとか、そんなふうに目標が不明瞭だと、自分の人生まで曖昧なものになってしまうと思うんです。そのとき、そのときで、ブレることはあるにせよ「自分はこうありたい」という目標を描いて、まずは現実の自分と理想の自分とを線で結んでみる。その目標のために、転職が必要かどうかを考える。その線が結べない転職なら、ただ環境を変えても意味はないですよね。
構成/平山譲
聞き手 丸山貴宏
クライス&カンパニー 代表取締役社長
リクルートで人事採用担当を約7年経験後、現社を設立。転職希望者面談数は1万人を超え、その経験と実績に基づいたカウンセリングは業界でも注目されている。「人の根っこのエネルギーを発掘する作業が、われわれの使命」がモットー。著書「キャリアコンサルティング」(翔泳社)
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※この連載はWebサイト「転機をチャンスに変えた瞬間」を、サイト運営会社の許可の下、一部修正して転載するものです。データなどは取材時のものです。
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