マロールが FileMakerとAIで実現した製造業DX:熟練者だけが探せた図面を、誰もが使える資産へ
小型船舶用操船機器メーカーのマロールがAIとFileMakerを組み合わせた図面検索アプリを、Clarisパートナーとのアジャイル開発で内製。6000枚を超える「系統図」を、検索性の高い全社の資産に変えた軌跡に迫る。
「新しいもの好き」が育てた30年の内製文化
船舶の操舵(そうだ)・操船機器の専門メーカーであるマロール。小型船舶向け操船装置で国内数社、大型船舶向け油圧リモコン装置では国内でほぼ100%のシェアを誇る。
船舶塗料から航空機部品、油圧式操舵装置へと主力ジャンルを切り替えながら変革を繰り返してきた同社の根幹にあるのは、「新しいもの好き」のDNAだ。その気質はIT活用にも色濃く表れている。
マロールが「Claris FileMaker」(以下、FileMaker)を初めて購入したのは、実に30年前にさかのぼる。まだ多くの企業にイーサネットさえ普及していなかった当時、Appleが提供していたネットワーク機能を使って社内ネットワークを構築し、今で言う「アプリの市民開発」をしていたのである。
そもそも船舶の操舵・操船機器というニッチな業界で、出来合いのパッケージソフトウェアでは現場が求める機能を網羅できない。ならば「自分たちで作ってしまおう」という文化が社内に根付いたのである。
FileMaker導入以降マロールのDXは一気に加速し、営業日報からユニホームの発注管理まで、内製開発されたアプリは、今では数えきれない本数になっている。
6000枚超の系統図。立ちはだかる検索の壁
現在、マロールが注力するのが、「図面検索アプリ」の開発だ。
「漁船、プレジャーボート、作業船から大型の貨物船まで、船舶の用途やサイズ、オーナーの希望、設備投資方針、さらには地域性などによって、機器の組み合わせは無限に近く広がります」と話すのは、代表取締役社長の兎田朗彦氏。一隻ごとに個別受注型の操舵システムを生産可能な体制こそがマロールの強みであり、同時に長年抱えてきた図面管理に関する課題の根源だった。
中でも苦慮していたのが、複数製品の組み合わせでシステム全体を表す「系統図」と呼ばれる図面の扱いだ。社内に蓄積・管理されている図面は6000枚以上に及んでいた。
顧客との商談は系統図を基に進めるため、営業担当者はまず「似た図面」を探し出して、たたき台とする。
営業部の小栗隆志氏は、「以前は分厚い紙ファイルをめくり、6000枚から一番近い図面を探してコピーし、修正テープとペンで手書きして打ち合わせ資料を作っていました」と振り返る。
こうした非効率的なアナログ作業を改善するために、マロールはこれらの紙図面をPDFにしてデータベース化した。FileMakerで「図面提出依頼アプリ」を開発し、クイック検索機能を付けて、型式を指定すれば欲しい図面を探し出せる状態までこぎ着けた。
ただ、この仕組みも抜本的な課題解決には至らなかった。
常務取締役の兎田正憲氏は「データベースに型式まで登録されている系統図は、営業部から技術部に作成を依頼した約1300枚のみです。技術部が独自に作成し、2D CADのフォーマット(DMF)で管理している残りの4700枚以上は対象外のため、一元的な検索は不可能なままでした」と振り返る。
結果として、営業担当者は「欲しい図面が見つからず、設計者に改めて作成を依頼する」ことになる。その分、顧客への回答の遅延や商談機会の損失が常態化していた。
当然、設計者の負担も増えていた。技術部の青木真寛氏は、「系統図の作成には、10時間程度を要する場合もあります。もしかすると似た図面がどこかにあるかもしれないと思いながら二度手間をかけるのは、正直『しんどい』と思ったこともありました」と明かす。
AI活用に光を見いだしたClarisカンファレンス
そんなマロールに強力なパートナーが現れた。Claris Platinumパートナーの寿商会だ。Clarisカンファレンスで同社のAIテクニカルセッションを聴講した兎田正憲氏は、代表取締役社長の若林氏に開発の伴走支援を打診した。
「系統図の検索は簡単ではありませんが、不可能ではない。面白いテーマになると引き受けることにしました」(若林氏)
マロールの「図面のAI検索」と「営業報告のAI集計」という2つのニーズのうち、寿商会はゴールが明確な図面検索を先行させることを提案。そこでプロンプトエンジニアリングを体験することで、「管理職の真のニーズを引き出す」難しさを伴う営業報告集計も後でスムーズに進む、という見立てがあったからだ。
両社の挑戦を支えたのはFileMakerだ。近年、AI関連技術が飛躍的に進化しており、最新の「FileMaker 2026」はOpenAIやAnthropic、Cohere、Googleの主要モデルとの連携に対応している。
当初は細かな表記でAIの誤認識も発生したが、若林氏は高コストな最新モデルに頼るのではなく、プロンプト設計とGemini APIのパラメーター調整を重ねることで、速度・コスト・精度のバランスを追求し、実運用への手応えを得た。
試行錯誤の末に見えた実用化への道筋
最初は、技術部で独自に管理していた系統図のCADデータをPDF化してFileMakerへ取り込み、図面内に記述された型式をAIで抽出してデータベースに登録する統合データベースを開発した。約6000枚の系統図を対象とした「型式検索」が早い段階で実用レベルに達した。
ただし、この仕組みだけでは課題解決につながらない。欲しい系統図を型式で目星を付けて探し出せるのは、熟練の営業担当者のみに限られてしまうからだ。
そこで両社が次に目指したのが、自然言語による検索だ。
「当初は図面を画像として類似比較する方法を試しましたが、系統図はどれも見た目が似通っているため、意味を成しませんでした。そこでAIに図面の内容を文章で説明させ、その要約文と検索語の類似度で探す『セマンティック検索』を実装しました」(若林氏)
AIが生成した要約文そのものの精度は極めて高かった。だがこのアプローチは、アプリケーション実装とユーザーレベルテストの段階で難航した。
肝心の検索結果がいまひとつだったのだ。各図面の要約文が互いに似過ぎていて絞り込みが難しく、欲しい類似図面にはヒットしなかった。そもそも、どういう文章を与えて検索すればよいのか、営業現場にはハードルが高く使いこなせなかった。
曖昧検索を超えて実務で使える仕組みへ
つまずきを糧に、両社が次に着目したのは「構成部品の完全一致検索」と「系統図の分類(選択肢検索)」という、曖昧検索とは異なる、より実務に直結したニーズだった。
「例えば操舵装置にも、手動油圧式と動力油圧式があります。こうした分類軸に、ハンドルは何カ所か、エンジンは何基掛けか、オートパイロットを付けるかどうかといった条件を掛け合わせ、AIで検索できる仕組みに作り替えればうまくいくのでは、という発想に至ったのです」(兎田正憲氏)
もちろん実装は容易ではない。手動油圧式か動力油圧式かといった分類軸は、図面のどこかに文字として記述されているわけではなく、機器間のつながりや全体の構成をAIに読み解かせ、「当てさせる」必要がある。この推論の根拠となる基礎情報(Markdownデータ)づくりこそがプロジェクトの成否を分ける肝となった。
AIを成功に導いた現場の知見。Markdown(.md)こそが成功の鍵
AIが図面を正しく理解し実務で動かすには、会社が長年培ったルールをまとめて教え込む、新入社員教育に似た準備が必要だ。AIも、図面の読み方や分類、優先ルールを全てテキストで学習させる必要がある。
この準備作業は現場を知る社内の担当者にしかできない。どれだけ優秀なClarisパートナーであっても、社内に蓄積された業務知識や判断基準を再現することは難しい。
そのハードルに正面から向き合ったのが、兎田正憲氏だ。操舵装置・操作部・オートパイロットといった製品カテゴリーごとに詳細なテキストファイルの作成に着手した。当初は手作業で書き起こしていたが、プロンプト内で例示を与えて推論させる「インコンテキスト・ラーニング」(In-Context Learning、ICL)を採用したことで作業が加速した。寿商会がプロンプトのたたき台を提供し、兎田氏が自社Webサイト、カタログ、取扱説明書をAIに読み込ませて文章の骨格を生成、そこに旧機種の情報や現場特有の知見を追記していく流れを確立した。Markdown(.md)形式への変換もAIに任せることで、作業全体が大きく効率化された。
「プロンプトのたたき台を提供することで合格点の分類が可能になると同時に、マロールさま側で『AIにどう指示を出せばよいのか』のコツをつかんでいただけました。その後はご自身で分類検索の種類を自律的に増やしていけるよう、支援を継続しています」(若林氏)
実用に耐えうる系統図のAI検索アプリがついに実現
FileMakerのUI上にAI機能が実装されると、営業部門・設計部門の現場からの評価も高まった。
「打ち合わせ中にお客さまから要望をいただいた際、80%近い図面をその場で提示でき、商談スピードを大幅に速められるようになりました」(営業部:小栗氏)
「検索をアプリ内で完結できるようになり、技術部への問い合わせが激減しました。本来の設計・開発業務に集中できるメリットは非常に大きいです」(技術部:青木氏)
熟練者だけが扱えた約6000枚の系統図は、「誰もが活用できる全社資産」に生まれ変わった。この成果を踏まえつつ、マロールはその先の展開を見据えている。
「次のステップは、『AI設計』ですね。似た図面を基に『こんな機能を加えてほしい』と営業担当者が指示すれば、AIが修正した図面を提示する――。そんな世界を追い求めています」と、兎田朗彦氏は構想を語る。
機能実現のためには、設計者の頭の中だけにある暗黙知を明文化して、基礎情報(Markdown)として投入しなければならない。極めて高いハードルではあるが、決して不可能なことではない。30年以上にわたってFileMakerと共に歩んできた「新しいもの好き」のマロールは、AIを武器にさらなる変革への道を自ら切り開いていこうとしている。
個別受注、多品種少量生産、部門ごとの業務最適化が求められる製造業において、FileMakerは現場の知識を素早くアプリ化し、AI活用へつなげるための柔軟な基盤となる。そしてこの取り組みが示すもう一つの教訓は、AI導入の成否を握るのは最先端の技術者ではないということだ。現場の課題を深く理解し、業務知識をプロンプトに落とし込める「Problem Solver(課題解決者)」こそが、AI時代の変革をけん引する真のキーマンとなる。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 紙の日報3万8400枚がゼロに 自動車部品メーカー東亜工業の「現場主導DX」
- 介護現場のスタッフと利用者の幸せのために――非エンジニア役員の選択とは?
- コーダーはもういらない。いま必要とされるのは「問題解決者」としてのエンジニア
- 「データこそ財産」 町工場が「FileMaker+iPad」で築き上げた仕組みがERP並みの複合型システムに発展
- ローコード開発ツールの進化が示す、エンジニアの役割再定義とデータ駆動型オーケストレーション
- ERPと現場をつなぐFileMaker 難題を解決したのは内製とアウトソーシングの合わせ技
- ローコードツールを相棒とする社員が内製したアプリが事業推進のエンジンに
- 「鹿児島の広告屋さん」がアプリ内製でDXを推進し、全国区のオンリーワン企業に成長
- 若手従業員も続々参画するアプリ内製の文化
- CEO対談:日本電鍍工業が業界屈指のめっき工場に変化できた理由
- 大手調味料メーカー「ダイショー」はなぜ、倉庫管理システムを内製できたのか
- 小さな一流企業が目指す小さな一流システムの内製開発
- 課題解決型学習を通して地域課題を解決する公立千歳科学技術大学の挑戦
- 「カスタムアプリは企業の優位性を築く“核”になる」 “FileMaker”のCEOが語るローコード/ノーコード開発ツールの活用法
関連リンク
提供:Claris International Inc.
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2026年8月6日

























