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@IT > 3Dファクスの開発 |
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「3Dスキャナ」と呼ばれる工業製品がある。一般的にはレーザーやセンサー、モーターなどの精密機器が組み込まれたボックスを、三脚などに設置した形状となっている。機器からレーザー光線を照射し、対象物に当たって跳ね返ってきた光を測定する。その光線が戻ってきた時間で対象物までの距離を測ったり、あらかじめレーザーとセンサーの位置関係を調べておくことで三角測量の原理により、対象物の三次元座標データを得ることができる仕組みとなっている。 3Dスキャナは製品開発やデザインなどの現場で使われている製品だが、一般にはほとんど知られていないと言っていいだろう。数百万円から最高数千万円と高価で、筐体も大型のワークステーションほどの大きさがあり、取り回しも大変だ。おまけに取り扱いも難しく、三角測量の知識がなければ、機器の調整さえできない。 しかしこの3Dスキャナの使い道にはより大きな可能性があり、もっと一般的に利用されるべきだ――本プロジェクトがスタートしたのは、開発者のそんな思いが原動力になっている。開発代表者の埼玉大学大学院理工学研究科情報数理専攻助手 川崎洋氏は語る。 「この数年のブロードバンドの進展で、IRCやネットミーティング、電子会議などでやりとりされる対象が、これまでのテキストから、急速に音声・映像へと移りつつある。さらにブロードバンド化が進む中で、より重い3Dデータをやりとりすることも十分可能になる。そんな中で、手元にある立体物のイメージをインターネット経由で簡単に遠方で送ることのできるシステムができないかと考えました」
川崎氏は画像処理やマルチメディアにおける三次元処理の研究を続けてきた。1990年代には一時、Webコンテンツで三次元データを扱うことが流行しかけたこともあったが、あっという間にブームは終わった。当時はハードウェアが貧弱で、ポリゴンを縦横に動かすパワーを持ったPCが一般に普及していなかったことや、インターネットの帯域も細かったことが背景にあったとみられる。
だが最近のPCはグラフィックスのパワーは圧倒的で、そのうえブロードバンドの普及によって帯域の問題もなくなっている。Webコンテンツ上で三次元データを扱うことのできる土壌が、ようやくできあがってきていると言ってもいいだろう。機は熟したのである。 そんな状況の中で、誰でも気楽に3Dイメージをネット経由で遠隔地に送ることのできるシステムを作り、三次元処理の技術開発が進む何らかの起爆剤にならないか――そう考えたのが、本プロジェクトのきっかけだったという。川崎氏は「アメリカでは、映画業界などで3Dスキャンのニーズはかなり高まってきています。だが日本国内では今のところは研究開発に利用されているか、あるいはデザイン現場に少数使われている程度」と説明する。 デザイン現場ではラピッドプロトタイピングという手法がある。クレイによってモックアップを作り、それを3Dスキャナでデジタルデータとして取り込んでいくという手法だが、まだまだ一般的とは言い難い。利用スタイルも限定的で、「三次元処理にはもっと大きな可能性があるはずだが、いまは3Dスキャンの可能性のごく一部しか使われていない」(川崎氏)というのが現状だ。
本プロジェクトの3Dファクスは、3Dスキャナの原理を応用しつつ、そのイメージを普通のファクスのように簡単に相手に送り届けることを目的にした装置である。基本的に使われるデバイスは、市販の液晶プロジェクタとデジタルカメラ。これらをPCに接続し、PCからソフトウェアによって制御する仕組みになっている。液晶プロジェクタとデジタルカメラを所有している個人なら、初期費用はいっさいかからない。数百万円以上もする3Dスキャナと比べれば、極めて安価に導入できるシステムといえる。 具体的な仕組みとしては、液晶プロジェクタから縞のパターン画像を対象物に投影し、その投影されたパターンをデジタルカメラで撮影する。「誰でも簡単に気楽に扱える」ということを開発の主眼に置いているため、ユーザー側の細かい設定は不要という。液晶プロジェクタとデジタルカメラをどのような位置に置いても、ソフト側で自動調整してくれる仕組みになっている。「従来の3Dスキャナでは、機器の設置位置に細かい微調整が必要で、それが使い勝手を悪くしている原因にもなっていました。これを一般のユーザーでも簡単に扱えるようにソフトウェアで対応できるようにするのが大変だった」と川崎氏は言う。 三次元データの取り込みは、数秒程度で完了する。送信したデータは、専用ビューワーアプリケーションを使ってPC上で閲覧することができるしくみだ。
もちろん、0.01ミリ程度のオーダーで対象物を複製することのできる高価な3Dスキャナと比べると、精度はかなり犠牲になっている。しかし3Dファクスが目的としているのは、完全な再現性ではなく、手元にある立体物のイメージを、ネット経由で遠隔地の相手にわかりやすく伝えることだ。 では3Dファクスには、どのような利用方法が考えられるのだろうか。 またオーダーメイドの靴を注文するとき。これまでは専用の木型が備えられている店頭に実際に行って足を合わせるしかなかったが、3Dファクスを使えば、自分の足の形を瞬時に店に伝えることができ、インターネットショッピングの注文方法をさらに進化させることができるようになる。 あるいは、インターネットオークションへの利用も考えられる。誰もが簡単に三次元データをオークションサイトにアップロードできるようになれば、これまで写真が主だったWebコンテンツ自体が、加速度的に3次元化していくきっかけになるかもしれない。
これまで開発を進めてきて、コアとなるスキャナの自動調整機能部分については、設計開発はほぼ完了したという。データは点の集合である点群として送信されるが、これを受信して画面に表示するビューワーについても、基本的なアイデアは既に固まっている。 また現時点の3Dファクスは、液晶プロジェクタがパターンを投影した側の三次元データしか取得することはできない。「ビューワーで3Dイメージを見る際に、裏側も見たいという要望が非常に強いんです」と川崎氏は話す。このため、専用回転テーブルの上に対象物を設置し、ぐるりと回すことで360度の三次元データを取得するシステムも現在、開発中だという。具体的には、回転角度を自動認識し、全体形状を自動生成するアルゴリズムを作ろうとしている。 2006年春には開発の終わった各モジュールを統合させ、最終テストを行って完成版のリリースを行う予定だ。「どのような形にするのかはこれから検討したいが、広く使っていただくために、何らかの形でソフトを公開したい。多くの人に使ってもらい、どのような部分が使い方が難しく、またどのような機能が追加で必要なのかなど、さらにブラッシュアップしていきたい」(川崎氏)という。 今回の開発について川崎氏は、次のように話す。「三次元計測という研究分野の中では、3Dスキャナの最高性能を伸ばすというテーマと、逆にもっと単純化させて、誰でも簡単に使えるようにするという2つの方向があります。今回はできるだけ単純化させていく考え方を推し進めることで、この分野の研究が盛んになり、多くの人からさまざまなアイデアが出てくるような状況になってくれることを期待したいと思っています」と話す。 高価な3Dスキャナしか存在しない状況では、この分野に足を踏み入れようと考える若い研究者がいつまで経っても増えてくれない、ということなのだろう。川崎氏は「現状では三次元データの処理は一般のプログラマにあまり馴染みがないため、開発コストもかかり、せっかく面白いアイデアを思いついてもなかなか開発に踏み切れないのです。三次元データ処理自体は将来性も大きく、みんなで取り組めば、さまざまな発見や発明がまだまだ出てくるはず。もっとみんなで盛り上がってほしいと思います」と語った。
提供:IPA
2005年度未踏ソフトウェア創造事業
担当PM 酒井 裕司 企画:アイティメディア 営業局 制作:@IT 編集部 掲載内容有効期限:2006年3月31日 |
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