前回までは、ロジック以前の問題、つまり「目的や前提を明確にする」「何を考えるべきかをまず考える」ことなどを解説してきました。今回からは、いよいよロジックそのものの説明に入りたいと思います。
人の話を聞いていて、「何か納得がいかない」「理解しにくい」というときは、たいてい筋道が通っていない、すなわち論理展開がうまくいっていない場合です。論理展開とは、簡単にいえば、複数の事実やメッセージとそれらを結び付ける「理屈」のことです。これがうまく構成されていないと「話が腑(ふ)に落ちない」という現象を引き起こします。
優れた論理展開は、ビジネスにおけるあらゆるコミュニケーションで重要とされる要素です。特にIT人材のキャリアステップとして有効といわれるコンサルタントやプロジェクトマネージャにとっては、クライアントに自分の提案を納得してもらうためにも、プロジェクトメンバーに効率よく動いてもらうためにも必須の能力といえます。
もちろん、説得力のある論理展開とは、いいたいことをしっかり伝えるだけではなく、誠実なイメージや信頼感を増すことにもつながります。次の例を見てみましょう。
ある中堅企業から依頼された顧客管理システムのリニューアル。開始から1カ月半が経過し、プロジェクトはちょうど中間地点に入った。すでに要件定義と基本設計を終え、今週から開発フェイズに入ったところ。そんなとき、プロマネであるA氏は突然顧客に呼び出され、納期を半月早めるように依頼された。プロジェクトは残り1カ月半、ただでさえ厳しいスケジュールなのに……。
【対応例〜その1】
A氏 「申し訳ありませんが、半月も納期を早めるのは正直無理です」
顧客 「なぜですか」
A氏 「最初に決めたスケジュールで進めていますから」
顧客 「ですから、そこを何とか……」
A氏 「そういわれても、ただでさえ少ない人員でやっていますので」
顧客 「では人を増やしましょう。お金なら多少上乗せしてもいいです」
A氏 「とにかく、いまから変更するのは無理です。申し訳ありません」
【対応例〜その2】
A氏 「申し訳ありませんが、半月も納期を早めるのは正直無理です」
顧客 「なぜですか」
A氏 「特にクリティカルな問題であるのは、社外パートナーとの調整が難しいことと、ハードウェアの調達が間に合わないことです。今回、開発フェイズのプログラミングは社外パートナーに委託しているのですが、ほかのプロジェクトも同時に抱えていますので、いまのスケジュールでもギリギリです。
一方、ハードウェアの納品時期を考えますと、半月も早めると実機テストがまったく行えないことになります。この顧客管理システムがダウンすると御社のコールセンター業務ができなくなってしまいインパクトが大きいので、十分なテストを行わずにカットオーバーするのはリスクが高すぎます」
対応例1を聞いた顧客は、「なぜ駄目なのか」、また「受け入れられる可能性があるのか否か」が分からないまま、このシステム会社に不満を抱くことになるでしょう。今後何らかのシステム開発案件があるとしても、受注の可能性は減るかもしれません。
反対に、対応例2を聞いた顧客は、その瞬間は「融通が利かないものだなあ」と思うかもしれませんが、決してこのシステム会社およびプロマネに対して悪いイメージは持たないでしょう。少なくとも対応例1の場合よりは、お互いに前向きな関係が築けるはずです。
企業は継続して事業を行い、ビジネス・パーソンも何十年もの間、継続的に仕事をします。十分な論理展開ができるか否かは、長い目で見れば大きな違いになってくるのです。
ビジネスにおいて必要な論理展開の方法は、基本的には2つしかありません。1つは演繹(えんえき)的な論理展開、もう1つは帰納的な論理展開です。この2つの方法さえマスターし、それらを適切に組み合わせられれば、少なくとも「筋道の通った主張」になるはずです。
ただし、どんなに筋道が通っていても、枝葉末節に終始しすぎたり、より重要なポイントを見落としていては説得力に欠けてしまいます。この点については、別途「論理の構造化」の際に説明するとして、今回はまず、基本的な論理展開の方法を押さえましょう。
演繹的な論理展開とは、すでに得ている一般論(もしくは信ずる価値観)をある事象に当てはめて、その意味するところを「必然的に」引き出す、いわゆる三段論法的な論理展開のことです。すでに知っている知見と新しい情報を組み合わせて結論を出すプロセスは最も自然な思考方法なので、うまく相手の「つぼ」にはまれば非常に大きな説得力を持ちます。例としては、以下のようなものです。
↓ 演繹的論理展開
☆必然的に導き出される結論 「彼の行為は許せない」
一方、帰納的な論理展開とは、観察されるいくつかの事象の共通点に着目し、一般論(共通して見られる法則性)を導き出すという考え方です。相手が一般論に同意しない場合やそもそも一般論がないようなときには、この帰納的な論証による裏付けが重要になります。
↓ 帰納的論理展開
☆結論⇒一般論
「年功序列の廃止がさまざまなところで成果を挙げつつある」
↓ 帰納的論理展開
☆結論⇒一般論
「SEの経験を生かしたキャリアチェンジで年収がアップする」
さて、演繹法と帰納法の違いがお分かりいただけたでしょうか。日ごろの会話でも、特に演繹的論法や帰納的論法だということを意識せずに、無意識に組み合わせて使っているはずです。以下の例を見てみましょう。先ほどの「SEのX・Y・Z氏」の同僚2人(N・M氏)が飲んでいる席での会話です。
同僚N 「いつも遅くまで働いてるみたいで大変だね」
同僚M 「本当に大変みたい。無理のないスケジュールで順調に進むプロジェクトというのがあったら見てみたいよ。しかも給料はここ2年間ぜんぜん上がらないし、俺もそろそろ転職しようかと思ってるんだよね」
同僚N 「そうなんだ。でも転職したって給料が上がるとは限らないよ」
同僚M 「でもな、こないだXさんがコンサルタントに転職して3割くらい給料がアップしたと話してましたよ。Yさんはプロマネとなり15%も年収がアップしたし、ZさんもWebプロデューサーになって20%も年収がアップしたらしい」
同僚N 「彼ら3人の話はいいとして、君にコンサルタントの仕事が務まるの?」
同僚M 「それがよく考えてみると、あの3人はみんなSEの経験と自分の強みをうまく組み合わせて年収をアップさせているんだよ。Xさんの課題分析と要件定義には定評があったし、Yさんは計画立ててきっちり物事を進めるのが得意だ。Zさんはもともとマーケティングに興味があってビジネススクールとかで勉強してたから、マーケティング戦略も踏まえたWebプロデュースということで評価されているらしい」
同僚N 「なるほどね。じゃあ、君の強みを転職に生かせればいいわけだな。何かあるの?」
同僚M 「実はあるんだよね(笑)。営業マンは技術のことがよく分かっていないから、僕が客先に同行していろいろ説明することがあるんだよ。そんなとき、顧客は営業マンでなく僕に相談してくることが多いんだよね。最近は商談もやっているし、これが結構、性に合っているんだよ」
同僚N 「なるほどね。技術も分かるし営業もできるという話か」
同僚M 「そうなんだよ。だったら、斬新な技術で勝負しているソフトウェア系のベンチャーにでも転職すれば、技術営業として重宝されるんじゃないかと思うんだ。顧客の要望を開発にフィードバックすることもできるから、商品開発にも貢献できるし」
同僚N 「へー、いいじゃない! 応援するよ、頑張れ!」
上記の会話を論理の構造で表すと、図表1のようになります。説得力の高い論理展開は、このような構造が過不足なく出来上がっているものです。
●論理展開をブレークダウンする
演繹的論理展開、帰納的論理展開とも、原理的には特に難しいものではありません。しかしこれらの論法を使いこなすには、間違いやすい点を知り、それに気を付けなければなりません。ここでは論理展開の場面でよく陥りやすい“落とし穴”を6つご紹介します。
1つ目は「間違った情報」です。どれだけ論理展開が的確でも、その論理展開に組み込まれた情報が間違っていると、導かれる結論も当然間違ったもの、あるいは説得力のないものになります。
2つ目は、論理の飛躍です。例えば「日本の官僚は頭が固い。だから日本に未来はない」などの主張は、レトリックとしては説得力がありますが、「仮に官僚の頭が固いことは同意するにせよ、だからといって『未来はない』はいい過ぎではないか」と問われた場合、答えに窮します。「ある情報を組み合わせたとき、どこまでならいい切って大丈夫か」を見極めるセンスが必要です。
3つ目は、論理展開の省略に伴うミスコミュニケーションです。例えば、人事部長が「A君は英語が堪能らしいから、ぜひ採用しよう」といったとします。このとき、人事部長の頭の中にある「省略された」前提は何でしょうか。「わが社は海外展開を加速するから英語を話せる人材が必要」かもしれませんし、「英語ができる学生には優秀なのが多い」かもしれません。自分では当たり前のことと思っていても、他人を納得させるときには、細かな説明が必要となる場面は少なくありません。
4つ目は、演繹的論法における、一般論と事象のミスマッチです。これは、本来結び付かない一般論と事象を強引に結び付け、間違った結論を誘導してしまうという落とし穴です。ある状況にしか当てはまらない論理を別の状況に安易に適用したり、途中で言葉の定義を変えた場合などに発生します。
5つ目は、帰納的論法における「不適切なサンプリング」です。これは、不十分な数のサンプル、あるいは母集団を反映しないサンプルから、不用意に一般論を導いてしまうというものです。
最後は、マクロ的視野の欠如です。例えば、リサイクル活動の是非について議論するときに、そのコストやリサイクル活動に伴う環境汚染を見落としてしまうというものです。このようなポイントに注意しておかないと、いくら演繹的・帰納的に成立した論理でも説得力のないものになってしまいますので、注意してください。
以上、今回は演繹法と帰納法を中心に説明してきました。これらを理解し、説得力のある論理展開を身に付ければ、上司や部下とのミーティング、あるいは顧客との交渉のシーンなどにおいて、絶大な効果を発揮することでしょう。6つの注意点を念頭に置きながら、仕事の場面で、またはプライベートでも活用してみてはどうでしょうか。
芳地 一也
(株)グロービス・マネジメント・バンク、コンサルタント。グロービス・マネジメント・スクールおよび企業内研修においてクリティカル・シンキングの講師も務める。東京大学文学部心理学科卒業後、(株)リクルートを経て現職。グロービスは経営(マネジメント)領域に特化し、ビジネススクール、人材紹介、企業研修、出版、ベンチャーキャピタルの5事業を展開。経営に関するヒト・チエ・カネのビジネスインフラを提供することで、日本のビジネスの「創造と変革」を目指している会社。
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