前回は、「課題解決の際に、手順を踏んで考えることの重要性とその方法」を紹介しました。中でも、重要なステップの1つに「全体をとらえて、適切な切り口(枠組み)で構成要素に分解する」というのがありましたが、実は適切な「枠組み」を自分で考えるのは非常に難易度が高く、グロービスの「クリティカル・シンキング」のクラスでも苦労する方が多いのです。
そこで有効なのが、ゼロから「枠組み」を考えるのではなく、すでに広く知られている「枠組み=フレームワーク」を活用することです。今回は代表的なフレームワークとその使い方を説明します。
コンサルタントや営業マンであれば、新規クライアントを訪問するとき、まずその業界や企業に関する情報を入手し、「どういう特色があるのか」「その企業はどんな状況に置かれているのか」などを自分なりに分析することでしょう。特に最近はインターネットの普及に伴い、上場企業であればWebサイト上で投資家向けに財務状況や事業戦略などを公開するケースが増えてきました。新聞社などが提供している記事データベースなどを利用すれば、新聞やビジネス雑誌などでどのように報道されているのかも簡単に調べることができます。
この事実は、「できる人」と「できない人」の差がますます開いていくことを示しています。昔は情報を握っている人が優位に立てたのですが、誰でも簡単に情報が入手できるようになり、もはや知っていること自体では差はつけられません。むしろ、多くの情報の中から必要なものを選択・整理し、そこからどのような意味合いを抽出して効果的な提案が行えるかが勝負の分かれ目になります。
特にエンジニアが普段かかわっているような情報システムの提案などでは、クライアントの業務内容を正確に把握し、求められる要件を満たすだけでなく、専門家として、クライアント自身がまったく気付いていない本当のニーズや課題を探り出し、その解決に役立つ提案を行うことが求められます。このような対応ができれば、クライアントの大きな信頼を得ることにつながり、ひいては継続的な取引につながるのではないでしょうか。
これまでの連載で説明してきたように、構造的に考えること(全体像を把握し、要素に分解してその関係性を、できれば定量感をもって明らかにすること)によって、正しいステップを踏んでシステマチックに話を進めれば、質の高い提案になる可能性が格段に高まります。そのためにぜひ利用したいのが、「枠組み=フレームワーク」です。
ビジネススクールでは、さまざまな課題を考えるのに役立つフレームワークとその使い方を学びます。これらを理解し、考えるツールとして利用することで、大きな視点を見失わず、見落としを防ぎながら、効率よく分析や解決策の立案をすることができます。これらのフレームワークは、経営学の本などから学ぶことができますが、今回は、その中から、特に汎用性の高い2つのフレームワークを紹介します。
コンサルタントや営業担当者にとって、ある企業や事業部などがどのような経営環境に置かれているのか、どのような事業戦略をとろうとしているのかを知ることは、常に重要なポイントです。その分析に役立つフレームワークに「3C」があります(図1)。
●最も基本的な事業分析のフレームワーク「3C」
3Cとは市場・顧客(Customer)、競争相手(Competitor)、自社(Company)を指し、この3つの視点から、まずは大まかに事業環境の全体像を見ようとするものです。この3つを押さえないとどうなるか、次のような例を考えてみましょう。
(1) ある情報システム企業が、受注競争を繰り広げているライバル企業に勝つために、処理速度やデータ容量といった「スペック」と「価格」で激しい競争を繰り広げていた。しかし、多くのクライアントは、価格にはほぼ満足、さらに性能よりもトラブル対応や利用者への教育サービスなどを重視し始めていた。その結果、性能はありきたりだが、キメ細かな利用者サービスを武器に参入してきた外資系企業に次々と受注をさらわれてしまった。
(2) 大手通信企業が豊富な資金力をバックに、市場性が高く、競合は小さな会社が多いという理由で、ソフト開発事業に進出した。しかし、変化の早さに自社の意思決定のスピードがついていかず、ネームバリューや資金や販売ルートがあったにもかかわらず失敗してしまった。
(3) 地方のレストランチェーンが、成長性が高いと判断して老人への食事宅配ビジネスに参入したが、食事から介護までのトータルサービスを提供する大手企業が全国展開をしたため、あっという間にけ散らされてしまった。
もうお分かりだと思いますが、(1)は「自社と競合する会社に注意が向きすぎて、クライアントという一番大事なものの変化を見過ごした」、(2)は「自社の企業体質とその事業に求められる資質が合っていなかった」、(3)は「市場と自社のみに注意を払い、競合のことを考えていなかった」といった例です。3Cの視点で情報収集し、考えることによって、このような大きなモレや見落としを避けることができます。
また、第2回の連載でも触れたように、3Cのような「企業経営」に使うフレームワークは「自分経営」に応用することができます。キャリアを考えようとすると、自分は何をやりたいのか、何ができるのか……など、往々にして自分のことしか考えず、競合や市場の観点を忘れがちです。
しかし、働いてお金を稼ぐということは、自分(自社)の提供する価値に対して雇い主(市場)がお金を払うということです。そして求人倍率や給料は、自分と同じような労働力を持つ人たち(競合)とのバランスで決まります。キャリアを考えるうえでは、これらの要素を考えないわけにはいかないでしょう。さらに、もう少し広い視点で事業環境を分析するフレームワークを使ってキャリアを考えると、思いもしなかった現実に直面することもあります。
アメリカの経済学者マイケル・ポーター氏の編み出した数多くのフレームワークの中に「5つの力」というものがあります。それは業界を取り巻く環境を分析し、業界そのものの収益性を考察するものです。それまでの戦略論が「業界内で競合にどう勝つか」をメインテーマとしていたのに対し、ポーター氏はこのフレームワークで「業界によって、すべての企業がもうかることがあれば、No.1企業でももうからないことがある」ことを明確に示しました。「5つの力」とは以下の5つです(図2)。
●業界自体の収益性を考察するフレームワーク「5つの力」
(A)業界内の競合企業
(B)新規参入の脅威
(C)代替品の脅威
(D)売り手の交渉力
(E)買い手の交渉力
ポーター氏は実際にいくつかの業界を調査し、(A)に示した業界内の競争だけでなく、業界を取り巻く(B)〜(E)の力を含めた広義の競争環境こそが業界の収益性を決めることを証明したのです。
「5つの力」も「3C」と同様に、キャリアを考える際にも応用できます。例えば、日本におけるITエキスパートの労働市場、ならびに将来起こりうる「リスク」を考えてみましょう。
「(A)業界内の競合企業」に当たるのは、ほかのITエキスパートです。プログラマであれば、より高度なプログラミングをできる人が、プロジェクトマネージャであれば大規模なプロジェクトを円滑に進められる人が高い報酬を獲得できます。ここでの競争についてはあまり多くを語る必要はないでしょう。
「(B)新規参入の脅威」には、新たにITエキスパートを目指す新社会人、あるいはインドや東南アジアのIT人材は、最近急激に存在感を増しており、無視できない存在になりつつあります。実際、アメリカではここ1〜2年でシステム開発を国外に発注する流れが急速に進み、IT人材が次々と職を失っており、大きな社会問題にもなっています。日本でもいずれ同様の状況になると思われますが、アメリカと大きく違う点は「日本語の壁」が参入障壁になっていることです。
従って、高度な日本語能力が価値の源泉になる職種、つまり日本企業の顧客と直接やりとりするコンサルタントやプロジェクトマネージャについては、若干の猶予はあるでしょう。しかし、日本語が障害になりにくい職種、例えばプログラマの仕事などは、かなりのスピードで国外に流れていると思われます。これが意味するところはグローバルレベルでの賃金の平準化であり、もともと給与レベル(物価)の高い日本においては、どんなに努力しても給与は上がらず、しかも職を失う可能性すらあるということです。
「(C)代替品の脅威」。IT人材は常にこの脅威にさらされています。メインフレーム1つ取っても分かるように、技術そのものが廃れていけば、それにかかわる人材の仕事はなくなります。「この技術はいつまで安泰なのか」「次はどんな技術がくるのか……」。そういったことにも常にアンテナを張らないと、「ある日突然仕事がなくなった……」ということにもなりかねません。
「(D)売り手の交渉力」でいう「売り手」とは、原料や部品の仕入れ先のことを指します。IT人材でいえば、自らの商品(=技術力)を提供してくれる存在、例えばパッケージソフトのベンダなどに当たるでしょうか。ベンダにとって、自社の製品を売るためにはそれに精通したIT人材が必要ですから、書籍を発行したり、ベンダ資格を作ったりして、知識や技術を供給します。「この技術は誰にも教えません!」ということにはならないので、力関係でいえばIT人材の方が強いはずです。そういう意味では脅威は低いといえます。
「(E)買い手の交渉力」の「買い手」は、IT人材の場合は雇い主(SIerなど)やそのクライアントでしょう。最近ではシステム開発への“値下げ圧力”がどんどん強まっているようで、新聞などでも大手SIerの収益力の低下が取り上げられています。こういう状況を見ると、コスト削減や業務効率化へのニーズはまだまだ存在するものの、力関係でいえばクライアントの方が強いといえるでしょう。
以上、日本のIT人材を取り巻く環境を5つの視点から見てみましたが、残念ながら恵まれた環境とはいいにくい状況かもしれません。ただ、だからといってあきらめたりするのではなく、このような現実を踏まえたうえで自分戦略を立て、実行していくことこそが重要です。そのためにもぜひ、「考える力」を鍛えてください。
ここで解説したような既存のフレームワークは、長い歴史の中で作られてきた知の結晶です。それだけに、うまく使えば大きな威力を発揮します。特にそのビジネスや企業に関する知識・情報が足りず、いわば「土地勘が働かない」ような初期の検討段階では、既存のフレームワークを用いることで、全体像を把握し、最低限考えなければならないポイントをチェックできます。
ただし、それは使おうとしているフレームワークが、目前の課題を分析・検討するのに適したものであることが条件です。例えば、会社内部の組織のあり方を分析するのに「3C」では役に立ちません。さまざまなフレームワークを学ぶ際には、「何を見ようとしているのか、前提となっている考え方は何か」といった点に十分注意を払ってください。
さらに問題解決のステップが進み、分析すべき点が絞られていくに従い、既存のフレームワークだけで進めることは難しくなってきます。そのため、自分自身でその課題を分析・検討するのに適した独自の切り口を見つけることが必要になります(図3)。
●問題解決のステップとフレームワーク
むしろ、そうした「独自の切り口をいかに見つけられるか/つくれるか」で、クライアントが「なるほど!」と感じる提案ができるかどうか、あるいは幸せな人生を勝ち取るための「自分戦略」を構築できるかどうかが決まってきます。そのようなときにこそ、これまで説明してきた論理的、構造的な思考とシステマチックなアプローチが生きてくるのです。
芳地 一也
(株)グロービス・マネジメント・バンク、コンサルタント。グロービス・マネジメント・スクールおよび企業内研修においてクリティカル・シンキングの講師も務める。東京大学文学部心理学科卒業後、(株)リクルートを経て現職。グロービスは経営(マネジメント)領域に特化し、ビジネススクール、人材紹介、企業研修、出版、ベンチャーキャピタルの5事業を展開。経営に関するヒト・チエ・カネのビジネスインフラを提供することで、日本のビジネスの「創造と変革」を目指している会社。
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