第69回 IBMのブレード・サーバに見るCellへの期待と課題頭脳放談

IBMからCell搭載のブレードサーバが発表となった。ゲームだけでなく、サーバにもCellが展開されるわけだが、幾つかの課題も見えてきた。

» 2006年02月25日 05時00分 公開
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 2006年2月8日にIBMがCellプロセッサを搭載したブレード・サーバを発表した(IBMのニュースリリース「New IBM Blade Computers Speed Business Data up to Ten Times Faster」)。IBMは、ソニー、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)、東芝とともにCellプロセッサ開発を進めている一角であり、これ自体はお約束といってもよい展開だろう。SCEがブレード・サーバを出したり、IBMがゲーム・マシンをリリースしたりしたのならば驚異だが、そうではない。

 「ブレード」という言葉になじみがない読者のために注釈しておくと、ブレード・サーバというのは、ブレードといわれる薄手の小さな基板にプロセッサを搭載し、そのブレードをシャーシ(エンクロージャと呼ばれる)に複数枚差して構築するサーバである。さらにこのシャーシを何台もスタックして業務用のサーバ・システムを構築することが多い。小さいとはいえ、各ブレードは独立したマルチプロセッサ・システムであり、それ同士を高速なリンクで結合することで大規模なマルチプロセッサ・システムと同等の働きを可能にする。スタックしたブレード・サーバになると、小さな設置面積にもかかわらず、数百台から数千台ものプロセッサを集約したマシンになる。負荷の大きなネットワーク・アプリケーションでは必須の構成だ。

 いかにもCellプロセッサは、ブレード・サーバ向きの構成に見える。シングルチップ上にパワフルな演算能力を持つエンジンをたくさん積んで、高速なオンチップ・リンクで結合してある(Cellプロセッサについては、「第57回 Cellが見る夢、見せる夢」を参照のこと)。並列度の要求の高い処理に向くのは自明な上、本来のターゲット・アプリケーションがゲームであるだけに、3Dグラフィックス系や映像系の処理などに向いている。量産時には、そんなチップがコンシュマ向けの比較的安い価格で入手できるのだから、ブレード・サーバのような多数のコアを詰め込んでコスト・パフォーマンスを狙う目的に適さない方がおかしいように思う。

 取りあえず科学技術計算など、現代では数値演算と画像処理中心になっている分野は、ゲームと起源は同根で、親戚みたいなものだから、Cellプロセッサにできないはずはないのだ。加えていえば、科学技術系以外のWebサーバでも、Cellプロセッサの並列度の高さを生かせれば活用できるだろう。Webアプリケーションの処理、場合によっては企業の基幹業務系のアプリケーションでも、昨今は画像や映像などを多く含んでいると聞く。その上シンクライアント化も進んでおり、なるべくサーバ側で処理して、データはクライアントに置かないようにしようとしている。多くのトランザクションを並列に処理しなければならないWebサーバのフロントエンドで処理すべき、暗号化やデータの可視化、映像のフォーマット変換などの処理にピッタリきそうに見える。最も基幹業務系は保守的だから、出始めのCellプロセッサ・ベースのサーバに飛びつく人はそうそういないだろう。だが、実績がつけばあながちあり得ない話でもない。

問題になりそうなのはアプリケーション開発コストか?

 しかし、である。ニュースリリースでは触れられていないが、Cellプロセッサ関係の進展を横目で見ながら気になるのが、Cellプロセッサを生かすことのできるアプリケーションを作るためのコストの大きさである。確かにCellプロセッサのハードウェアにはポテンシャルがある。ブレード・サーバができるのもよく分かる。しかし、Cellプロセッサの上のPowerPC部分だけでなく、すべてのエンジンを生かしきれるソフトウェアを作るとなると、もの凄いコストがかかる気がする。当然、そのあたりの開発環境の整備も進みつつあり、対策も着々と打たれてはいるのだと思う。だが実際にアプリケーションを作るのに、どのくらいお金がかかるのか、という疑問に答えるようなデータは公開されていない。

 もちろん、PowerPC部分を主として使い、そのほかのエンジンをテキトーに使うという活用方法もある。多分、このくらいならちょこちょこっと比較的簡単にできそうだ。しかし、コンピュータ工学教科書の定番に従えば、「従来、時間の半分を使ってしまっていた処理部分を、たとえ1000倍に高速化できたとしても、残りの処理が従来と同じ時間かかるなら性能は2倍にはならない」のだ。そういう点でCellプロセッサ本来のご利益(ごりやく)を得るためには、相当に切れ目なくエンジンをぶん回し続けるようなOSやスケジューリング、ロードバランサ、アプリケーションが存在しないとならない。映像処理などの特定のアルゴリズムについては、すでに開発が進んでいると思われるので、そういう使い方ができそうだ。できたものをみんなで流用していけば、Cellプロセッサのメリットを十分に生かした使い方ができるだろう。しかし、そのほか大勢の汎用的な種々の非特定用途ではどうなんだろうか?

 ソフトウェアの開発そのものは可能でも、ソフトウェアの開発コストが大きすぎると軽いターゲットにはコスト面で割に合わなくなるので、思うように利用が進まないという可能性もある。ハードウェアよりも、ソフトウェアの開発費の方がはるかに膨大になるのが、現在のシステムである。その中で、取りあえず大量に売れる可能性のあるゲームなどは、巨大な開発費をかけたとしても、短期的に回収できる可能性がある。また、コストよりも成果が重視されるような科学技術系もよい。しかし真に試されるのは、コストの厳しい商用アプリケーションへの適用時だろう。潜在的な性能がよくても、開発費がかさむのでは普及しない。

 どうもCellプロセッサにとっては、ハードウェアよりも、開発環境や利用環境の整備の方が重要度が高いのではないかと思っている。今回のブレード・サーバが、そういった環境構築の一翼を担っていくとよい。ただ分からないのは、4社で作っているCellプロセッサにおいて、誰が、どのような形でそういうものを提供していくのかということだ。確かに東芝もチップセットやミドルウェアを含めた開発環境を提供しているようだし、SCEも何かやっているらしい。こうしてIBMもサーバを出し、Linuxに対応する。でも本当に汎用にできるよい環境を構築するのは、4社のうち誰なのか? それとも4社以外のほかの会社なのか? それともコミュニティ? さて誰なのでしょう。

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筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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