第71回 デジタル家電の共通プラットフォームについて考える頭脳放談

松下電器とスクエア・エニックスが共通プラットフォームで協業を発表した。このように家電業界でプラットフォーム化が進行する背景には……

» 2006年05月02日 05時00分 公開
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連載目次

 2006年4月7日に松下電器産業とスクウェア・エニックスが提携し、松下電器産業のデジタル家電統合プラットフォーム「UniPhier(ユニフィエ)」上にスクウェア・エニックスのミドルウェア「SEAD Engine(シード・エンジン)を組み込むことを発表した(松下電器産業のニュースリリース「UniPhier(ユニフィエ)上にシームレス・コンテンツの開発および利用環境を共同構築」)。今回は、この件を題材に書かせていただく。一昔前なら考えにくい組み合わせなので、筆者などが所属する業界の「老人層」にはよく理解できないのではないか、と想像している。当然「いまなぜ松下電器産業とスクウェア・エニックスが……」的な記事はあちらこちらに出ていそうなので、またヒネクれて松下電器産業/スクウェア・エニックスに「限らない」話を書くことにしたい。

共通プラットフォームの持つ意味

 今回の提携話を傍観者の立場で簡単にまとめてしまえば、松下電器産業が実にいろいろな製品の「共通プラットフォーム」として推進しているUniPhierというものの上に、スクウェア・エニックスが3Dグラフィックスを中心としたグラフィカル・ユーザー・インターフェイス(GUI)環境をカスタマイズして搭載する、ということになる。もう少し松下電器産業の最近の動向をウォッチしている人が見れば、UniPhier構想を代表として、どうも同社はトップダウンで各事業体横断的かつ積極的に「共通プラットフォーム」という思想を推し進めつつあり、ハードウェアや下の方のソフトウェアのプラットフォームだけでなく、直接、エンド・ユーザーと向き合うGUIのところまで「共通化」を進めようとして打った一手がスクウェア・エニックスとの提携によるSEAD Engineだった、ということになるだろう。はてさて「プラットフォーム」というのは一体何だろう。

 多分、読者の中にも「プラットフォーム」の開発に動員されている人がままおられるように思われる。とはいえ、立場は大いに異なりそうだ。半導体屋で大規模SoC(System On Chip)開発の一部に使われるらしいIP(特定機能を提供する半導体パーツ)の設計に従事している人もいれば、開発用プラットフォーム・ボードのEMI(Electro Magnetic lnterference:電磁障害)対策に頭を悩ましている人もいるだろう。ソフトウェア屋でデバイス・ドライバを担当させられてハードウェア屋の作ったSoCの仕様が不確かなことに腹を立てていたり、OSの移植で連日残業していたり、ミドルウェアがようやくできて絵が出てホッとしていたりと、やっている仕事は実にさまざまだと思われる。このごろ、プラットフォーム開発という名でくくられる仕事に従事している人は相当に多いが、なかなか全体を見渡せている人は少ないのではないだろうか。

 一般にあまり反対の出ないであろう理解としては、開発規模が大きくなり、個別の商品設計チームや1つの部署、あるいは1つの会社で、何から何まで開発するのは開発負担が大きすぎるようになってしまったので、みんなで共有できる開発の土台として作られるものが、最近いわれる「プラットフォーム」というものだ。何のことはない、使いまわし(リユース)による工数削減が目的である。しかし、切実にそういうことをしなければ開発そのものが成り立たないくらい開発規模が大きくなっている、ということも事実だ。筆者のような半導体屋たちの作るSoCというものもそうであって、数百人もかかって作るけれど商品寿命がとっても短い! いちいちまともにやってられない。ましてやSoCハードウェアなどは氷山の一角であって、ソフトウェアの方が10倍の工数が掛かっているという話もある。

 そこでプラットフォームを作ろう、ということになり、ある商品群共通とか、ある会社の中の部署共通とか、何社かあつまって共同でとか、世の中プラットフォームばやりである。半導体屋側からの視点で、昨今ありがちな共通項をくくりだせば、以下のような感じとなるだろう。

(1)SoCは並列度の高いマルチコアの「エンジン」部分を中心とする。専用ハードウェアにしてしまうとカスタマイズは大変なので強力なエンジン上のソフトウェアで演算負荷の重い部分は処理する。

(2)並列度の高いSMPなどを生かしきるのは難しいので、雑多なサービスのためにOSや各種プロトコルスタックなどが入手しやすい既存コア、プラットフォームにし難い個別の要求のための専用IPなどと組み合わせて一体とする。

 そういう点でばっさりいってしまえば、松下電器産業のUniPhierも、SCEI(ソニー・コンピュータエンタテインメント)−東芝-IBM連合のCELLも1つ穴の狢(ムジナ)である。多分、それ以外の会社でも、性能と規模はともかく、この手のことはどこもやっているはずだ。

 そんなプラットフォームの上に、選択の幅のそれほど多くないOSを載せ、これまた規格ものが多い上にどれも必須なので、似たようなミドルウェアを載せている、というのがとてもありがちなプラットフォームの現況に思える。せめてGUIくらい特徴を見せてくれと思うので、今回の提携の意義はありそうだ。

プラットフォームを作る大変さ

 それにしてもプラットフォームを作る大変さは筆舌に尽くし難いものがある。実際、個別開発でも大変なのだから、共通にするというのはよいとして、共通にするためには個別開発以上のいろいろなケアがいる。「共通」にするがための妥協や、技術的判断というより「政治的」判断なんかも多くなる。あるものを捨ててプラットフォームなるものに乗り換えを迫られている「抵抗勢力」もいそうだ。総論賛成、各論反対など当然か。

 みんながそれなりに納得できるようにするためにか、プラットフォームの開発規模はやたらと大きくなる。いろいろな人に使ってもらえるようにするためには、ドキュメントの整備だけでもとんでもない量である。それで作ったプラットフォームを、改良はあるにせよ長年使い回せれば、妥協も苦労も報われたということになるが、チンケな構想に基づいてプラットフォームを作った日には、1年も経たないうちにまた作り直しということになって目も当てられない。プラットフォーム化するという構想はよいが、どのくらい先まで使えるのか、最初の見通しというか、アイデアとアーキテクチャが非常に重要だろう。そこが甘いとプラットフォームなるものの実装に従事させられる多数の人の多大な努力が無駄になる。

 松下電器産業の場合、プラットフォームの全体のできはともあれ、ユーザーから見たプラットフォームの顔はSEAD Engineが担うことになるのであろう。慣れたユーザー・インターフェイスには、技術のよし悪しを超えて習慣性がありそうだ。よい物であれば長年使えることになろう。プラットフォームの成功のためにも、ここのできがよいことを祈ろう。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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