第73回 MicrosoftのFlexGoに見る半導体とサービスの関係頭脳放談

MSのPC規格「FlexGo」では、ハードウェア代金をサービス料で回収するビジネスモデルを採用。これから半導体とサービスの関係はどうなる?

» 2006年06月24日 05時00分 公開
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 このところ、やたらと新興国におけるPCやインターネットの普及を狙ったプロジェクトの発表と噂が流れてくる。これからのビジネス・チャンスはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)だ、それどころかアフリカだ、といった話は日本の企業の中でも多く語られているはずだ。そういう方面に向けて、すでに仕事をされている方もけっこういるのではないかと想像する。しかし、どうも「極東」というある意味で差別用語が定着したかに見える日本のIT関連業界にいると、すでにインドや中国の会社と仕事をしている人を除けば、なかなか実感を持てないのではないだろうか。BRICsの中でも、ロシアやブラジル相手だと、さらにマイナーだし、ましてやアフリカとなると、といった感じだろうか。

 このあたりの認識は、米国の方が大分進んでいるようだ。すでに1990年代からソフトウェア開発のインドへのアウトソーシングは進んでいた。その上、かのITバブルの崩壊後、インドへのアウトソースはさらに急速に進み、とうとう米国ではコンピュータ・サイエンス系の学科への入学希望者の急速な減少を引き起こすまでになった、という話も聞く。何かひしひしと危機感が伝わってくるのだ。

 危機感の裏返しとして、BRICsや途上国市場の立ち上げに米国各社は邁進しているようだ。特にハードウェア系の会社にとって、キーはいままでのビジネス・モデルからの変革にかかってきている。先進国並のハードウェアでは、価格水準的にうまくいかないことは、すでに分かっている。そこでみなさんが狙ってくるのは、非常に安くハードウェアを供給し、利益は後から「サービス代金」で取る、という携帯電話やゲーム専用機に倣ったビジネス・モデルである。

Transmetaが変わった

 そんな中、Microsoft版の途上国攻略プロジェクトと思われるFlexGo*1規格向けに「AMD」がEfficeonプロセッサを供給するという話が出てきた(MicrosoftのFlexGoに関するニュースリリース「Microsoft Unveils Pay-As-You-Go Personal Computing Designed for Emerging Market Consumers」)。ハードウェアを安く提供し、サービス代金で回収するビジネス・モデルだから、ハードウェアだけを何かに流用されてしまうと、サービスで回収するという構図が崩れてしまう。だから、えげつないほどハードウェアは転用、流用を阻止するための工夫がなされるようだ。もちろん、プロセッサも特別な命令を追加した特殊なものとなり、OSもWindowsに手が加えられる。

*1 FlexGoとは、売り切りではなく、時間課金のような形でPCを利用できるようにするための技術あるいは規格の名称。Microsoftが提唱している。FlexGoに対応するには、OSはもちろんBIOSやハードウェアも従来製品からの改変が必要とされる。


 それにしてもEfficeonプロセッサは、Transmetaの低消費電力x86互換プロセッサだ。何でまたAMDを通して「供給」しようというのだろうか。それにしてもTransmetaである。まだ生きていたのだ! 例のコードモーフィングを使った命令の実現だから、簡単に命令追加できたとか、低消費電力だから新興国の電力事情にあっている、とか語っているではないか。

 ちょうどITバブルの崩壊の前後だったか、スター・アーキテクト擁するTransmetaが大いに輝いた時期があった。しかし、その後はIntelとAMDの2強争いの中に埋没してしまった。潰れたという話こそ聞かなかったが、もう駄目なのではないか、と筆者的には思っていた。ところが、同社がFlexGo規格をやると聞いて、今回調べてみたら、けっこう事業を「転換」しているTransmetaの姿があってビックリした。まだ成功したかどうかは分からないフェイズだが、その姿勢は様変わりである。

 華々しく始めたCrusoeプロセッサの後、売上げが伸びなかったことは知っている。一時は株式公開によって相当なお金を集めたはずだが、赤字を垂れ流し株価も落ちた。ベンチャー企業で筆者も似たような経験をしたことがあるのでよく分かる。物が売れないので、苦しければ当然というわけで、Transmetaも自社の技術のライセンスを売ってしのごうとした。Transmetaの低消費電力化技術は非常に進歩したものであり、かつ幸いというか、世の流れにも乗っている技術であったので、日本企業を中心にライセンスが売れたようだ。相当高く売ったと思われるが、そういうお金は一時のものである。それだけでは継続したビジネスにはほど遠い。その中でTransmetaは、背に腹は変えられずというか、日本的にいえば「受託開発」商売に傾斜していったようだ。当初から製造面で深い関係にあった富士通などに加えて、ソニーなどという名が現れてくる。ソニーのためにTransmetaが設計していたのだ。

これからはサービスだ!

 ライセンス販売に受託商売とくれば、行く末は半導体の設計を売るIP*2屋さんである。これもARMのようにIP市場を左右できる存在になれれば悪くはない。それなら自社製品などはない方がよい。自分でも物を作っていればライセンス先と競合するし、製造販売には大きな資金が必要でリスクも大きくなるからだ。しかし、Transmetaは設計サービスで糊口をしのぎながらも、プロセッサ商売は決してあきらめなかったようだ。その起死回生の策がMicrosoftとAMDと組んでのFlexGoということみたいである。その心意気やよし。

*2 IP(Intellectual Properties):知的所有権


 さてさてかねてより、筆者は、付加価値というものが「半導体→ソフトウェア→コンテンツ→サービス」という具合に右へ右へとシフトしてしまっている、と痛感してきた。4半世紀前は、半導体も「ぬれ手で粟」の商売だった。多分、ソフトウェアの世界のMicrosoftもおおいに感じているのはなかろうか。OSやオフィス・ソフトウェアで世界を制覇したはずなのに、いまの輝きは「サービス業」のGoogleに負けると。Intelにしても同じ。もちろん、このところIntel追撃に意気上がるAMDにしてもよく分かっているはず。みなさん、「結局、これからはサービスだぜ」と。

 それにしても「メーカー」がどうやってサービスで食べていくのか。ある意味で、そのキーは、半導体をいかに「集金ツール」にするか、という問題に帰着する。この困難な問題に対して、どうも各社とも「新興国市場」を実験台に選んでいるように思えるのだ。そして今回Transmetaが仕込んでいる流用防止策というのは、「集金ツール」としての要素技術ということになる。

 そういう点で、今回、MicrosoftとAMDは、起死回生の挽回策をとらざるを得ないTransmetaを手先にして、「仕掛けをしてみた」というところなのではないと推察する。うまく行けばよし、失敗しても、今回の実験結果を元に補正をかけていくことになるだろう。

 Transmetaにしたらけっこう、つらいものがありそうだが、この際、背に腹はかえられず、仕掛けに乗ってみた、というところか。Transmeta、がんばれ! でも新興国市場は、そんな簡単じゃないだろうなぁ。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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