自分がしている仕事にどれほどの求人があるのか、気になったことはないだろうか。また、その動向に変化はあるのだろうか。そんなエンジニアの求人動向を紹介する。
内閣府が発表した平成18年5月の月例経済報告によると、2002年2月から始まった「景気拡大期」が2006年5月で4年4カ月連続となり、バブル期を抜き戦後2番目の長さとなった。ちなみに今年11月まで景気拡大が継続すれば、1965年11月から4年9カ月続いた「いざなぎ景気」を抜き戦後最長となる。
そんな日本経済の回復基調を受けてか、ITエンジニアの求人動向も全体的に活況だ。
とりわけ携帯電話などの移動体通信業界ではソフトバンクグループの新規参入(買収による参入)などもあり、求人動向にも大きな変化が生まれている。業界全体に勢いが出てきたいまは、「転職のベストタイミング」なのだろうか。2006年度のIT業界の求人トレンドをどう見ればいいのか。リクルートエージェントのマーケットオフィサー 遠藤泰弘氏に聞いた。
景気回復の影響からか、ITエンジニアの求人動向も全体的に活況だ。とりわけ安定的に「底堅い」求人ニーズを維持しているのが、いわゆる「インフラ系」と呼ばれるサーバ系とネットワーク系のITエンジニアである。サーバ系、ネットワーク系ともに安定的に求人ニーズがあるが、特にサーバ系のITエンジニアへのニーズが「ここ半年くらいでまた一段と高まってきました」(遠藤氏)という。
「例えば、BtoC企業であればWebサイトで自社製品を販売するなどeコマース的なサービスを提供するところが増えてきています。併せてWebサイトを活用した販売支援システムを構築している企業も多い。そういったシステムの構築には、当然、サーバが不可欠。そこでサーバ系のITエンジニアへの求人が増えてきているのです」(遠藤氏)。サーバ系ITエンジニアにとっては、Web2.0という言葉に象徴されるように、多くの企業がインターネット、Webサイトやブログをいままで以上に活用して、ビジネスチャンスの拡大に取り組んでいる現在の状況が、まさに転職の好機といえるかもしれない。
ただしサーバ系のITエンジニアといっても、Windowsサーバが得意のエンジニアもいれば、UNIXやLinuxの専門知識に長けている人もいるだろう。サーバ系のITエンジニアとして、いまのグッドタイミングを逃さないためには、どんなスキルセットを身に付けていることが望ましいのだろうか。
遠藤氏によればいま、求められているのは「ずばりLinuxに代表されるオープンソース系のサーバエンジニアです」という。システムのオープンソース化の流れが、ここにきてさらに加速し、「WebサーバであればApache、RDBMSであればMySQLやPostgreSQLの知識・経験があるITエンジニアであれば、それらは『売れるスキル』になりますね」(遠藤氏)
しかし、実際にはLinuxでのサーバ構築といった業務経験のあるITエンジニアはそれほど多くないのが実情ではないだろうか。一般的にITエンジニアはソフトウェアやアプリケーション開発に携わる人が多く、サーバ構築を専門的に経験してきたサーバエンジニアは、まだ少ないともいわれている。その中でも、Linuxでのサーバ構築を専門的に経験してきたITエンジニアは、そう多くはないはずだ。
そのような状況もあって、「Linuxのサーバエンジニアに関しては『自宅でLinuxサーバを構築して独学で勉強してきました』という人でも、その意欲や経験は評価されます。採用のすそ野が広がってきているのです」(遠藤氏)。オープンソースでサーバを含めたシステムを構築する案件が増大し、その実際の案件増加が求人動向にも目に見えるかたちで表れてきた。現在はそんな状況になってきたといえそうだ。
一方、サーバ系やネットワーク系とは異なる分野で、ここにきて求人が堅調に増加しているのが「情報セキュリティ」に関連した業務経験や知識を持ったITエンジニアである。個人情報保護法の全面施行から1年以上が経過したこと、併せてコンプライアンス(法令順守)や内部統制の重要性が叫ばれていることが背景にある。
「個人情報保護法の全面施行で多くの企業が右往左往しましたが、それらがようやく落ち着きました。それらの企業が『どの情報』を『いかにして守るべきか』を明確に理解し、それを遂行できる人材を求めている。それが実際の求人ニーズとなって表れているのがここ半年から1年間の動きです」(遠藤氏)
同じように、日本版SOX法の導入が予測される中で「ITエンジニアでありながら企業法務や知的財産権についての知識を持った人材、つまり『ITもコンプライアンスも内部統制も分かる』といった人材へのニーズも高まっています」(遠藤氏)
「景気回復を受けて採用が活発であること。さまざまな法制度を含め経営環境の変化、ビジネスモデルの変化を受けてITエンジニアの求人については、その『活躍の場』がさらに広がりつつあるように感じます。ベースとなるスキル、知識の上に『プラスアルファ』の要素となる業務経験などを持った人であれば、スキルスライドで可能性を切り開いていける。いまはその潮流を感じられます」(遠藤氏)
どうやらITエンジニアにとっては転職のグッドタイミングといえそうだ。
それでは、プログラマやSE、プロジェクトリーダーといったITエンジニアの「ポジション」ではいったいどのクラスが求められているのだろうか。「現状ではプロジェクトリーダークラスの求人が最も多いです」(遠藤氏)という。年齢的には20代後半から30代前半まで。
そこで求められるスキルは、やはり「コミュニケーション能力」だ。むしろ「コミュニケーション能力があれば(リーダー経験がなくても)、プログラマでも採用可」といった求人もあるという。
この背景には企業側で若手のITエンジニアを教育する、あるいは教育できるだけの余力が少しずつ出てきたということがあるようだ。少し前までは、IT業界全体では小規模な開発案件の数のみが増加し、それらの案件を短納期でこなすために「即戦力のITエンジニア」ばかりが求められていた。
ここにきて、目まぐるしく入れ替わる短納期・小規模案件ばかりでなく、景気回復基調に裏付けされた安定的な案件も少しずつ増加し、それを受けて企業内では「プロジェクトリーダー経験者を採用してしっかりとしたマネージャに育てる」といった取り組みをするところも出てきているようだ。
さて、遠藤氏の解説を基に2006年度のIT業界の求人動向を考えてみると「現時点ではサーバ系、ネットワーク系のITエンジニアの求人動向が堅調」「専門スキルにコンプライアンスや内部統制などプラスアルファの知識でキャリアスライドも可能」「30歳前後のプロジェクトリーダークラスのニーズが高い」となるようだ。
これらの求人動向とは別個に遠藤氏は「移動体通信業界」におけるITエンジニアの求人動向にも注目しているようだ。「ソフトバンクグループの参入に代表されるように移動体通信業界はいま、大きく変化している時期です。音声通話だけでなく、例えばデータ通信に特化した新規参入も予測され、ある企業ではすでに500名ものITエンジニアを水面下で集めているようです。この業界ではいま、ITエンジニアの争奪戦が始まっているのです」(遠藤氏)
それでは、移動体通信業界で活躍するITエンジニアとなるには、どうすればいいのだろうか。「基地局の設備などを手掛けるエンジニアとなるには、無線通信やセル設計の知識と経験がなければなりません。これはいわゆるITエンジニアとは異なる分野の技術者になります。ITエンジニアとして移動体通信業界で活躍するには、通信会社での通信アプリケーション開発や端末メーカーでの組み込みソフトウェア開発などに携わることになります」(遠藤氏)
通信系アプリケーション開発で求められるのは、何よりも「開発品質」であるという。「万が一、『携帯電話が通話できない』といった事態が起きると通信会社は信頼を失ってしまう。移動体通信業界のソフトウェア開発における『品質と信頼の重要性』をしっかりと分かっているITエンジニアが求められています。具体的には過去にどれほど品質にこだわったソフトウェア開発を経験していたか。そこが問われるのです」(遠藤氏)
一方、組み込みソフトウェア開発では、JavaやC/C++などの言語での開発経験が求められているという。
遠藤氏は移動体通信業界でITエンジニアとして活躍することの魅力について次のように語る。「移動体通信の業界は、例えば『端末メーカーで開発に携わった後に、その経験を生かして通信会社に転職する』、あるいは『通信会社でのサービス企画開発の経験を生かしてベンチャー企業に転職する』など、キャリアの選択は決して狭くないのです」。また、無線技術や携帯電話向けコンテンツサービスなどに特化したベンチャー企業など、エッジの立った「小粒でピリッとした」企業でキャリアを積むことで、ビジネスパーソンとしてのキャリアアップが可能だという。
「ITエンジニアが自分のキャリアを考えたとき、まずはシステムインテグレータやソフトウェア開発会社で働くことを選択するのが一般的です。ただ、いまはITエンジニアが活躍できる場が広がっています。転職では『やりたいこと』『できること』を考えなければなりませんが、いまは『やりたいこと』を重視した転職ができる可能性が高くなっています。チャンスが拡大しつつあります」(遠藤氏)
さらに遠藤氏は、「このタイミングで転職を考える人たちに対しては、例えば『独学でLinuxを勉強しています』といったことをうまくアピールする手法、何がアピールポイントになるのかのアドバイスなどを通じて、いい転職をサポートするのが私たちエージェントの仕事です」と述べる。
まずは自分の核を作り、「プラスアルファ」で可能性を広げていく。それが2006年度のITエンジニアが進むべき道筋といえそうだ。
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