初海外は単身のインド出張。英語力を試す!あなたも取れる! TOEIC925点(5)(3/3 ページ)

» 2009年02月20日 00時00分 公開
[平生宗之@IT]
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突然決まったアメリカ出張

 時は流れて2008年4月のある日、突然アメリカ出張が決まりました。私の会社の本社があるサンフランシスコで、セールス支援のため2日間だけ会議に出席することになったのです。

 私にとっては2度目の海外です。インド出張の時よりTOEICの点数も上昇しており(当時860点)、楽しみにしていました。

 時期がたまたま4月の末だったので、仕事が終了した後は連休を利用してヨセミテ国立公園を観光する予定を立てました。

本社とお客さまの間で通訳を務める

 本社はシリコンバレーにあります。アメリカでは車がないと不便なので、当初よりレンタカーを借りることにしていました。

 空港についてすぐレンタカーを借りに行きました。車種や保険の詳しい説明が聞き取れず何度か聞き返していたら、レンタカー屋のお兄さんに“Oh my gosh!”といわれてしまい、少しだけショックでした。よく分からないのならあらかじめ予約してこいと怒られてしまいました。まだまだネイティブの早口は聞き取れないレベルであることを痛感しました。

 今回の仕事は、日本のお客さま2人と本社の製品戦略担当の橋渡し役(お客さまの事情が分かっている通訳のようなもの)でした。お客さまの疑問・質問・要望を本社の人間に伝え、その回答を日本語でお客さまに説明する、ということを行いました。

 時差と旅の疲れもあり、セッションが始まって2時間以上がたつと、私の頭は英語を認識できなくなってきました。私がフリーズしてからは、一緒に渡米した営業が代わりに頑張ってくれました。

 アメリカ人の英語はインド人の英語より聞き取りやすいこと、私の英語運用能力がインド出張の時より多少は改善されていることを実感することができました。

 2時間続けての通訳で私の体力は切れてしまいました。通訳という役割自体が私にとって過分であり、十分に役割が果たせたかどうかは疑問ですが、お客さまにも一定の評価をいただくことができ、意外とできるものだなぁというのが正直な感想でした。

アメリカ出張を振り返って

 アメリカ出張は仕事の期間が短く、あくまでセールス支援が目的だったので、本職(テクニカルコンサルタント)としての教訓がそれほど得られたわけではありませんでした。それでもアメリカの文化や空気に触れ、サンフランシスコ周辺の土地勘を少しだけ身に付けることができました。

 サンフランシスコ市内を観光したり、レンタカーを繰って泊まるホテルを何時間も探しまわったり、ヨセミテ国立公園までの約350kmを交代で運転したり、夜中の工事中の道をどうしても通らなくてはならないことになって工事現場のおっちゃんに交渉したり、かなり怖いPoliceに交通ルールのことで注意されたり……。そんな中でさまざまなアメリカを見て、さまざまなアメリカ人と出会い、会話を交わしました。

 インドと違い、先進国であるが故に私たち日本人と常識を一にする部分、銃社会であるが故の恐怖、食べ物・味覚の違いなど多くの新鮮な情報を得ることができ、少しずつ私の中での「アメリカ」が出来上がっていきました。

 ヨセミテ国立公園で見て触れた大自然(北米一高い滝、世界一大きい花崗岩、世界一大きい種類の木など)、道中の景色から、狭い島国の日本とはまったく異なり、土地があり余っているという不思議な感覚も得ました。

 アメリカ出張も、余暇の部分を合わせると約1週間でした。総じて仕事も、余暇も充実していたと感じています。

筆者紹介

平生宗之

ITエンジニア8年目。中学3年よりコンピュータを始め、これまでに読んだ関連書籍は200冊以上。コンピュータでできることを模索するうち、紆余(うよ)曲折を経て数学基礎論に行きつく。仕事はインフラ、開発、マネジメントをこなすが、本人的にはプログラマが一番性に合う模様。趣味は旅行(車、電車)と音楽(歌、ピアノ)とスポーツ(スノーボード、サーフィン)。元柔道部主将。


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