肥塚氏の「運動は国際社会の教養である」という話にもあったとおり、海外のエグゼクティブは体を鍛えているという話をよく聞く。彼らはなぜ体を鍛えるのか。
東京・品川に、東京American Clubという会員制クラブがある。仕事で日本に赴任している、欧米の証券会社や投資銀行に勤めるビジネスパーソン(や、その家族)を多くメンバーに持つ高級クラブだ。入会には厳しい審査が必要だ。日本人にも会員はいるが、外資系証券会社や大手広告代理店に勤務するビジネスパーソン、日本人の目を避けたい芸能人など、給与水準の高い人が多い。東京American Clubの公用語は英語。施設には、ジムやプールのほか、いくつものレストランやバー、パーティや勉強会ができるバンケットルーム、DVDレンタル施設、図書館、託児所などを備え、外国人が日本で公私にわたって快適に過ごすためのサービスを提供している。この東京American Clubでパーソナルトレーナーを務めている谷佳織氏に、海外のエグゼクティブのトレーニング事情について聞いた。
早朝6時半、東京American Clubには、多くのビジネスパーソンがトレーニングに押し寄せる。「オープンの6時半に来て、約1時間トレーニングし、シャワーを浴びて出社するというスタイルの方がとても多いです。また、お昼休みにトレーニングに来られる方も多数いらっしゃいます」(谷氏)。同じ職種の人同士が情報交換を兼ねて、(トレーニング後)一緒にレストランで朝食を取って出社していくケースもあるそうだ。仕事のプロセスに運動の機会を組み込んでいる。
仕事上のコネクションづくりも大切だが、彼らの第1の目的は健康管理だ。谷氏は「欧米企業のエグゼクティブにとって、運動による体調管理はポピュラーなこと」だという。給料が高ければ、その分労働時間は長く、プレッシャーも大きくなる。日本に赴任するエグゼクティブは、グローバルに事業を展開している企業に勤めている人が多いため、出張が多く時差ボケにもかかりやすい。どんなにやる気があっても不健康では仕事が長く続かない。
また、証券会社のディーラーやITエンジニアのように高ストレスな仕事に就いている人は、精神を安定させるリフレッシュの手段として運動を活用するケースが多いのだという。
こうした海外のエグゼクティブの運動習慣は、日本でも徐々に浸透しつつある。『エグゼクティブが身体を鍛える本当のワケ』(吉江一彦著)、『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか』(山本ケイイチ著)といった本も出ているくらいだ。これらの本の内容を要約すると、「トレーニングは続ければ、大きなリターンを生む自己投資になる」「体力が付けば作業スピードが上がり、時間を有効に使える」「体力があれば、いざというときに徹夜などで踏ん張りがきく」「運動によってクリエイティビティや直観力が高まる、また、思考がポジティブになる」「体に自信が持てると、自分に自信が持てる」ということになる。
『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか』にも書かれていたが、トレーニングの効能は短時間では表れにくい。インターネットによってワンクリックで欲しい情報が見つかるように、すぐには結果が出ない。トレーニングの多くは単調で先が見えない。それゆえ、続かない人も多くいる。しかし、肉体を動かし、何かを得るという行為には、現代を生き抜くヒントが隠されている。そこで得たものは、どのようなレベルにせよ、自分にしか得られないもの。インターネットで不特定多数が得られる情報とは価値が異なる。
特集第2回では、社会問題や国際社会、海外エグゼクティブの事例を通して、体を鍛えることの社会的意義についてお伝えした。第3回は、もう少し具体的に、運動がITエンジニアの仕事や健康にどう役に立つのか、科学的に考えてみたい。
皆さんは、小学校から大学まで学校に体育がある理由を考えたことがあるだろうか。
肥塚氏は「運動嫌いという人のほとんどは体育へのトラウマが大きい」と述べる。これは体育の授業に問題がある。
「人間は本来『“動”物』だ。運動しない人は、文明の進歩で動くということを忘れてしまっているだけである。運動嫌いではなく体育嫌いなのだ」(肥塚氏)
肥塚氏は、体育嫌いの問題は行政の仕組みが影響していると説明する。日本の教育を担う文部科学省は、教育だけでなくスポーツも統括している。例えば、日本体育協会(日本のスポーツ団体の総まとめ的な存在)や日本オリンピック委員会は文部科学省の所管。文部科学省が教育と競技スポーツの両方を統治していることになる。
だから教育に取り入れるスポーツは競技性が強くなるのだ。「かけっこは陸上、球技も格闘技も人と競争することを教えている。できる人は体育を好きになるが、できない人は嫌いになる」(肥塚氏)。体を動かすことそのものが嫌いなのではなく、その競技をうまくできないから嫌いになる。
肥塚氏は「いま麻生太郎総理をはじめとし、『スポーツ省』をつくる動きが進んでいるが、教育とスポーツで所管が変われば、体育の競技性が下がるかもしれない」と期待を寄せている。実際、最近の体育には、エアロビクスなど競技性がないスポーツが取り入れられたりと、体育の内容が少しずつ変わりつつあるのだという。だが、現在働いている人たちの多くには、「運動=体育」が染み付いてしまっている。
@IT自分戦略研究所の5月のテーマは「運動」。特集:「運動で変わるシゴトとカラダ」は、5月25〜29日まで、毎日更新でお届け。ラインアップは次のとおり。
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