特集第1回では、ITエンジニアの運動不足を指摘しつつ、世の中の運動に対する関心の高まりを紹介した。しかし、新しいテクノロジやレクリエーションにあふれる現代では、運動以外のことに時間を割きたい人も多いはず。健康状態を改善するには、食べ物や医療で対処する手立てもあるだろう。では、現代に生きるビジネスパーソンがあえて運動に時間やお金を費やすことの意義とは何か。特集第2回では、体を鍛えることの社会的意義について考える。
現代人に体を鍛えることの重要性を強く訴えている人がいる。パーソナルトレーナーの肥塚隆裕氏だ。肥塚氏は、全米ストレングス&コンディショニング協会パーソナルトレーナーの資格を持ち、トレーニング指導や講演、ブログ執筆、ボディビルディング競技など幅広いジャンルで活動している。そんな肥塚氏の肩書は「社会派パーソナルトレーナー」。自身のブログ「ツッコミおやじのフィットネス川柳」では、「フィットネスが社会を救う」というスローガンを掲げ、川柳を通してフィットネスと社会とのかかわりを示している。その目的は、「現代人の筋肉を鍛え直すことで人々が健康で幸せな人生を送れるようにすること」(肥塚氏)だ。
肥塚氏が考える、現代人が体を鍛えることの重要性の中から、今回は(1)福祉、(2)環境、(3)教養の3つにスポットを当てる。
肥塚氏は、寿命が長くなっているにもかかわらず、寝たきりの人の数が増えている日本の現状を危惧(きぐ)する。
厚生労働省の「介護給付費実態調査月報」によると、介護給付費受給者は、平成19年3月から平成21年3月まで増加の一途をたどっている(図1)。高齢者の増加に伴い、介護を必要とする人も増加傾向にある。
パーソナルトレーナーの職に就く以前、肥塚氏は介護士をしていた時期がある。そこで、筋肉がなく寝たきり状態にあった高齢者と、その介護に疲弊した家族の姿を多く見てきた。
「寝たきりになる原因の1つは、筋力の低下です。人間の体は筋肉で動いています。筋肉は、30歳を過ぎたあたりから年齢とともに少しずつ減ります。これを医学的にはサルコペニアといいいます」(肥塚氏)。筋力が落ちれば体を支えられなくなり寝たきりになってしまう。そうならないためにも、老後に備え筋力を蓄えておく必要がある。
最近、肥塚氏のところにトレーニングを受けに来る50〜60代の女性が増えている。彼女たちは老後に不安を感じ、介護予防や生活習慣病予防のために体を鍛え始めている。
「人々が筋肉トレーニングの正しい知識を持って、意識的に体を鍛えることで、高齢化による医療費負担増を抑えることができると思います」(肥塚氏)。体を鍛えることが、国家財政負担の軽減につながるというわけだ。
日ごろから体を鍛え、筋肉量が多い人は新陳代謝がいい。殊に肥塚氏は1月でも暖房いらずだそうだ。代謝がいいと寒さだけでなく暑さにも強い。体温の調節機能が高まるからだ。運動によってたくさん汗をかけば体温が下がり、熱を多く発散する。「体力がある人の方が日常生活でエコを実践できると思います。わたしは滅多なことではエレベーターも使わないですから」(肥塚氏)。環境への配慮が国や企業レベルで問われているが、個人レベルでも意識的になった方がよいと肥塚氏は示唆する。
「21世紀の教養は、社会貢献と運動です」(肥塚氏)。企業でCSR(社会的責任)が取りざたされている時代ゆえ、社会貢献は分かる。だが運動が21世紀の教養といわれてもピンとこないのではないか。
欧米では日本よりもトレーニングが盛んだ。最近では、欧米人に加え韓国人も体を鍛えることへの意欲が高いという。「昔はボディビルでも日本の方が強かったのですが、いまは韓国の方が勝っています。ペ・ヨンジュンさんはじめ、俳優さんも体を鍛えている人が多くいます」(肥塚氏)。韓国には徴兵制があるが、それを抜きにしても、韓国人は体を鍛える意識が高いそうだ。肥塚氏は「先進国の中で、日本人は身体的にひ弱な方でしょう」と述べる。
「20世紀までの教養は文学や音楽が中心でしたが、21世紀はまず社会貢献。これは大前研一さんもいっていたことです。それにプラスしてわたしは、運動の知識や運動を実践していることが挙げられると思うのです」(肥塚氏)。運動はITエンジニアにとって、英語や会計のように直接仕事に役立つビジネススキルではない、だから教養だということだ。
「教養としての運動は、これからグローバルに活動範囲を広げるITエンジニアや、経営者になるという人、エグゼクティブと人脈を築きたいという上昇志向のある人に役に立つスキルです」(肥塚氏)
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