顧客評価や働きやすさだけでなく、副次的な効果も上がっている。1つは「オフィスから紙が劇的に減った」こと。なぜネットワークを介してどこでも仕事ができるはずのエンジニアが「自分の座席」にいなければならないのか。結局のところ、「そこに紙の資料が置いてあるから」ではないか、と加藤氏は語る。
ノートパソコン1台でサテライトオフィスを飛び回る以上、「紙の資料がデスクに山積み」という働き方は許されない。半強制的に紙の資料をなくし、情報はデータで保有することが求められる。結果、紙がなくなった。
もう1つは「オフィス効率」の観点。豊洲オフィスには、当然のことながらスタッフ全員分の座席は用意されていない。立ち寄ったエンジニアが自由に使えるデスクはあるが、全員分ではない。
「自分の座席がない」ということに対して、当初はエンジニアたちに戸惑いが見られたという。だが、自分のノートパソコンが自分の座席である、という割り切りから、ワークスタイルに工夫が見られるようになった。人間が環境に適応し始めたのである。
オフィスに縛られない働き方にスタッフが順応し始めると、今度は頭を悩ませるのがリーダークラスである。顔を見てマネジメントができないからだ。
「月1回のミーティングと、オンライン経由のアクティビティレポート(月報)。さらに、普段からネットワーク経由でメンバーの課題や悩みを常に把握する必要があります。リーダーは今まで以上に大変です」
顔が見えない。同じ(座席の)島にいない。ただでさえチームメンバーのマネジメントは大変だというのに、なおさらである。だが、加藤氏は「だからこそマネジメントスキルが上がる」と語る。
「チームメンバーの顔が見えないと、チームマネジメントは難しく、挑戦的になります。結果、普通にリーダーをやるよりもリーダーシップがつきやすくなるんです」
こちらも人間が環境に適応し始めている。「こうした働き方が増えていくと、リーダーやマネージャに求められるスキルが変わっていくかもしれませんね」と梅林氏は語る。
こうした働き方以外に、「ホームオフィス制度」への取り組みが始まっている。通常、在宅勤務は子育ての必要があるなど、限られたケースにおける措置であることが多い。だが、この制度は成果が客観的に把握可能な職種で、マネージャの承認が得られれば、誰でも使うことができる。5月に社内募集を始めたばかりだが、徐々に希望者が増えてきているという。
「会社として、オフィス以外の場所で働くという働き方を推進していきたいと考えています。ただし、いきなり誰でもOK、というわけにはいきません。逆効果になる可能性があるからです」
梅林氏は、こうした働き方の変化に対して「個人の努力が必要だ」と語る。環境が変われば働き方が変わる。すると、個人の意識や働き方そのものを変える必要がある。自分の座席がないことへの違和感を払拭し、チームメンバーとほとんど顔を合わせない中でコミュニケーションを工夫する必要がある。スイッチの切り替えが必要なのだ。
環境に適応できる人間から少しずつ実施していく、というのが同社の今のところの方針だ。ITのおかげで「どこでも仕事ができる」ようになったが、相変わらず課題は多い。そして、その課題の大部分は技術的な問題ではなく、「人間」によるものである。
では、エンジニアにとって「オフィス」とは本当に必要のないものなのだろうか。明日は、今回とはまったく逆に、「オフィスで集まって仕事をすること」の意義を重視する企業、チームラボの事例をお届けする。
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