本連載は、さまざまなキャリア理論を紹介する。何のため? もちろんあなたのエンジニア人生を豊かにするために。キャリア理論には、現在のところすべての理論を統一するような大統一理論は存在しない。あなたに適した、納得できる理論を適用して、人生を設計してみようではないか。
今回は、「エンプロイアビリティ」を高めることを主眼に置いたキャリア創造、すなわち「キャリアづくり」を説く、佐々木直彦氏の理論をご紹介します。エンプロイアビリティは、一般には「雇用される能力」と訳されます。平たくいえば、「どんな状況になったとしても、主体性を持ち続け、好条件の勤務先や仕事内容を選択できる能力」といえるでしょう。
エンプロイアビリティと聞くと、多くの人は「いい条件で転職できる能力のことですよね?」と考えがちです。しかし、佐々木氏によるとエンプロイアビリティには次の3つの観点があるそうです。
●1.所属する組織に雇われ続けるためのエンプロイアビリティ
現在の会社で自分の報酬にふさわしい成果をあげるだけの能力・スキルを持っているなら、会社から「リストラ」の対象にされる恐れは低くなりますね。もちろん、会社の就業規則などを順守し、会社固有の考え方や社風、価値観に従い、社内の人間関係を良好に保つことも、いまの会社に雇われ続けるためには必要なことでしょう。
しかし、成果をあげるために必要な能力・スキルは時とともに変化していきます。また、単に会社という組織の一員としてうまくやっていくだけで雇用が維持される時代はすでに終わっています。つまり、過去に十分な成果をあげ、また会社に従順だからといって、将来も安泰ということにはならないのです。常に一定以上の成果をあげるために必要な、新たな能力・スキルを身に付け、あるいは高め続けること、そうすれば、現在の会社から継続して必要とされる人材として認められるでしょう。
●2.好条件での転職を可能にするためのエンプロイアビリティ
プロスポーツの世界、例えばプロ野球やプロサッカーでは、優れた身体能力を発揮し、実績を残せば引く手あまたですね。次々と別のチームから引き抜きの声が掛かり、高額の契約金・移籍金が提示されます。
同様に、一般企業においても、優れた専門能力を持ち、高い成果を出してきている人は、好条件での転職が可能です。現在の会社だけでなく、ほかの会社でも通用する力を持っている人のことを「市場価値が高い」といいますが、エンプロイアビリティを高めるということは、他社から、「ぜひうちに来てほしい、優遇するから」といわれるようなキャリアを創造することです。
●3.やりたい仕事をやり続けるためのエンプロイアビリティ
あなたには、ずっとやり続けたい仕事はありますか? もしあったとしても、1 つの会社にいると、人事異動でまったく違う部署に移らなければならないことがあり、やりたい仕事を続けられるとは限りませんよね。
ですから、やりたい仕事を続けたいと考えるなら、転職、あるいは独立して自営となることも選択肢として考えておきたいところです(ちなみに、独立自営は、英語で“self-employed”=“自分を雇う”といいます)。こうした選択肢を持つためにも、他社でも通用する能力・スキルを高め、また指名で仕事が来るような人脈づくりに励む。すなわち、やりたい仕事を確立し、成果をあげ、その仕事に長期間にわたって打ち込むキャリアづくりも、エンプロイアビリティの一側面といえるでしょう。
佐々木氏はエンプロイアビリティの基本を次のようなものだといいます。
雇い主や仕事をくれるクライアントに、「自分はこういう者で、こういう経験と実績があり、これから、こういうことをしていきたいので、よろしくお願いします」と自信を持って伝え、自分を認めてもらう。そして、自分がやるべき仕事をして成果をあげ、納得できる処遇を得る。
では、エンプロイアビリティをどのように創造し、磨いていけばいいのでしょうか?
エンプロイアビリティの高い人たちに共通するのは、魅力的なキャリア仮説の存在だと、佐々木氏は指摘しています。キャリア仮説とは、自分らしい仕事とはどのようなもので、仕事を通して自分の人生をどのようにしていくかというイメージを明確に表現したものです。
キャリア仮説には定型パターンはなく、まとまった文、あるいは個条書き、絵やチャートなど、どんな表現形態でもOKですが、以下の5つの質問に答える内容であることが必要です。
すなわち、これら5つの質問は、「現在の能力やスキル」(何ができるのか)、「過去の経歴」(何をしてきたのか)、「志向性」(何をやりたいのか)、「価値観や思い」(なぜそれをやりたいのか)、「将来のビジョンや目標」(自分の人生をどのようなものにしていきたいのか=キャリアビジョン)を明確化するものです。
この5つの要素が含まれたキャリア仮説を持っていれば、自分の専門能力を、長期的視点で高めていくことが可能となります。また、自分の専門能力について相手(転職先など)に説得力を持って魅力的に話せるため、結果的にエンプロイアビリティを高めていくことができるというわけです。
佐々木氏は、エンプロイアビリティを構成する基本能力として以下の4つを挙げています。
●1.専門能力
特定の領域に関する知識の確かさ、問題を解決する際の創造性、論理性、人間関係を含めた腕の確かさのことであり、仕事で成果を出すための基本中の基本となる要素。
●2.自己表現力
自分は何ができるか、何をやってきたか、何をやりたいか、といったことを相手に対して的確に伝えられるプレゼンテーション能力。たとえ素晴らしい能力を持っていたとしても、それを相手にきちんと伝えられなければ、転職や独立はなかなかうまくいかないものです。
●3.情報力
自分の能力が、自分がやりたい仕事に関連する業界・業種などの世界で、どれだけ評価されるものなのかについて知る能力です。端的には、エンプロイアビリティを高めるために参考となる情報を集める力ということです。
普段から、仮に自分が転職するとしたら、どんな転職先があり、どんな条件で雇ってくれそうなのか、あるいは独立してフリーランスになったとしたら、発注してくれそうな会社や人はどこなのか、またいくらぐらい稼げそうか、といったことについて、意識して情報を集めておけば、いざというとき慌てる必要がないですよね。現在は、こうした情報を提供してくれるさまざまなサービスがありますので積極的に利用するとともに、社外の人脈を通じて、さまざまな職場で働く人たちの生の経験や考えを聞くのも有効です。
●4.適応力
雇い主やクライアントとあなたの間にある“ギャップ”を埋めていく能力です。高い能力を買われ、好条件で転職できたとしても、会社の基本方針や社風などを理解し、それに合わせた行動を取れないと、新しい組織の中で浮いてしまい、成果を出せないということになりかねません。
従って、単に能力が高いだけでなく、その能力を適切に発揮できるよう、ほかの点でギャップがあった場合には、自分を柔軟に変えていけることが必要なのです。もちろん、常に自分を無理に変えることはありません。あくまで良い成果につながるかどうかが大事であり、無理に変えることで結果的に成果につながらないと判断したら、その転職先や仕事は受けないという決断もありです。
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