LTEの最大通信速度である「下り325.1Mbps」に期待しているユーザーは少しがっかりするかもしれませんが、この最大通信速度はあくまで理論値です。具体的には、周波数幅に20MHz、MIMOは送信用(基地局)、受信用(端末)にそれぞれ4本のアンテナを使用する4×4MIMO、端末能力はカテゴリ5といった「ベストの組み合わせ」でのみ実現します。
しかし実際の通信速度は、第1回の「LTEの概要」でも述べたように、利用する技術や周波数幅などによって異なり、日本でのLTE導入当初のユーザー1人当たりの最大通信速度は下り40Mbps程度と予想されます。加えて、さまざまな要件のために実効速度はさらに低くなるのが実情です。
LTEの実効速度を左右する主な要素として、次の5つが挙げられます。
このうち1、2、3は通信事業者のサービス提供条件であり、ユーザー自身が知ることができますが、4、5はユーザーの利用環境により常に変化するため、具体的に把握することは困難です。また、LTEでは上りのMIMOは規定されていないため、2は下り速度にのみ関連する要素となります。
周波数帯域幅
LTEでは利用する周波数帯域幅について、1.4MHz、3MHz、5MHz、10MHz、15MHz、20MHzの中から選択できるようになっています。この周波数幅に比例して通信速度が高速になります。周波数帯域幅と変調方式、および後で説明するMIMOの組み合わせにより、通信速度が変わります(グラフ1、表1)。例えば、20MHz幅と4×4 MIMOを組み合わせ、下りの最大通信速度を約325Mbpsとすることが可能です。しかし、現実はそうはいきません。
この20MHz幅とは、連続した周波数帯域幅を意味していますが、日本の移動通信事業者の場合、現在連続した20MHz幅の周波数が割り当てられているのは、NTTドコモやソフトバンクが現行の3Gサービスで使用している2GHz帯だけになります。NTTドコモはこの2GHz帯からLTEを導入することを表明していますが、すでに3Gサービスを利用するユーザーは膨大な数に上っており、20MHzの周波数幅すべてをLTE用に置き換えるのは不可能といえます。
また、2009年6月に1.5GHz帯および1.7GHz帯の新規周波数の割り当てが総務省から発表されましたが(3.9世代移動通信システムの導入のための特定基地局の開設計画の認定)、ここでもすぐにLTE導入が可能な最大周波数幅は10MHzにとどまっています(注2)。
そこで、当初は5MHz、10MHzといった周波数幅でLTEサービスが開始されることが予想されます。こうした理由から、ユーザーはサービス開始時に3GPPが規定するLTEの最大通信速度を利用できない可能性が高いです。
ただし、5MHzや10MHz幅でLTEサービスを開始した後、隣接する周波数へ周波数幅を広げることで通信速度を高速化することは可能です。例えば、NTTドコモの2GHz帯でのLTEについては、3GユーザーのLTEサービス移行に従いLTE向けに割り当てる周波数帯を増やし、最大通信速度を上げていくことが想定されます。
また、アナログテレビ終了などによる700/900MHz帯の周波数割り当ても今後計画されており、そこでより広い帯域幅を利用したLTEが提供される可能性もあります。
注2:NTTドコモには15MHz幅が割り当てられましたが、LTEの当初のターゲットである都市部(東名阪)では、平成26年4月以前は5MHz幅しか使用できません。そのため、当初のLTE導入可能周波数幅は5MHzと見なしました。
MIMOのタイプ
MIMOは複数のアンテナを用いて、複数の経路(チャネル)でデータを同時に送受信する技術です(図2)。同じ周波数帯域を利用して伝送するため、周波数帯域を増やすことなく、アンテナの本数を増やせば通信速度を高速化できます。ただし、アンテナを増やすと経路も増えることから、送受信時の端末の電力量にも影響を与えます。そのためLTEにおいては、より速度が必要とされる下りのみにMIMOが規定されています。
LTE導入の意向を示す移動通信事業者(4社)の開設計画(表2)の採用技術を見る限り、いずれもサービス開始当初は2×2 MIMOを採用するようです。このことからも、300Mbps超の高速通信は困難といえます。
端末カテゴリ
端末カテゴリは、LTE端末が実装する技術(周波数帯域、変調方式など)を組み合わせた基準のことで、カテゴリ1〜カテゴリ5まで規定されています。例えば、カテゴリ1はMIMOがオプションで、下りの最大通信速度は10Mbps。カテゴリ3は2×2 MIMOをサポートし、同100Mbps。カテゴリ5は4×4 MIMOをサポートし、同300Mbpsとなっています(表3)。
端末ベンダや端末のチップベンダの発表によると、LTEサービスが開始される2010〜2011年に開発される端末は、カテゴリ3がメインとなるようです。今後、4×4 MIMOの対応を含め、LTEの最高通信速度を実現するカテゴリ5の端末がLTEサービスに利用されるのはまだ先のようです。
無線基地局から端末までの距離(無線品質)
こうしたLTEの技術的な要件のほか、ユーザーの環境によっても実効速度が変わってきます。その1つが無線基地局と端末の距離です。
正確には無線の品質(電波の強度)が通信速度には重要であり、障害物・干渉・反射なども影響しますが、その中でも基地局と端末の距離は大きな要素となります。そして、おおよそ無線基地局と端末との距離に比例して実効速度は低下します(図3)。
例えばメタルケーブルを使用するADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line)の場合、交換局(電話局)からユーザー宅までの距離が離れるほど、通信速度が低下することが知られています。
LTEも同様に、無線基地局から端末までの距離が離れると無線品質(通信速度)が低下します。なお、3.5Gと呼ばれるHSDPAにおいても、同様の速度低下が起こります。これはLTEやHSDPAでは無線基地局から端末までの距離に関係なく、基地局からの電波の送信出力が一定のため、離れた場所では端末が受信する電波が弱くなり、通信速度が遅くなるのです。
ちなみに、現在3Gとして音声通話やHSPAエリア外でのパケット通信を提供しているW-CDMA(最大通信速度384kbps)は、無線基地局と端末との距離に応じて送信出力をコントロールしており、無線基地局から離れた場所にある端末については出力を上げるなど、無線品質をできる限り一定に保つ仕組みを採用しています。
同時通信ユーザー数
同時にLTEサービスを利用するユーザー数によっても、実効速度が変わってきます。LTEに限らず、HSDPAでも同じことがいえますが、無線基地局の同一セクタ内にいるユーザーが電波を共有します。そのため、同時ユーザー数が増えるほど実効速度が低下するというわけです。
例えば最大通信速度が約40Mbpsの条件でLTEサービスが提供された場合、同一セクタ内のまったく同じ無線品質の場所で2ユーザーが同時通信をしていると、1人当たりの通信速度は半分の約20Mbpsが上限となってしまいます(図4)。
無線基地局と端末の距離の問題や同一セクタ内のユーザー数の問題は、移動通信事業者のネットワーク構築戦略にかかわっており、LTEサービスでより高い顧客体験を実現するためにも、無線基地局の早期拡充が望まれるかもしれません。
以上、LTEの通信速度にかかわる要素について説明しましたが、やはり気になるのは今年導入を予定しているNTTドコモの通信速度だと思います。2009年のワイヤレスジャパンの講演において、NTTドコモの尾上研究開発推進部長が、サービス提供方針について表4のように発表しています。
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表4 NTTドコモのサービス提供条件 |
この条件から、日本最初のLTEは基本的に下り42.5Mbps、上り14.4Mbps(一部の周波数に余裕のある地域でのみ下り85.7Mbps、上り28.8Mbps)となると想定しています(注3)。
注3:NTTドコモとは最大通信速度の参照値が異なるため、講演で示された速度と若干の差分があります。
一般的な報道と比較して、LTEの通信速度についていくぶんネガティブにも感じられる解説をしましたが、これは理論値と実効速度の違いを理解していただくためであり、LTEの可能性を否定するものではありません。理論値に比べ通信速度は遅いとはいえ、LTEサービス開始時には数十Mbpsの実効速度が期待され、無線通信の有力な選択肢になることは間違いありません。
前回冒頭で触れたTeliaSoneraのように、今年は世界各地でLTEの商用サービスやトライアルが開始される予定となっています。可能であればこの連載の後半において、それら実網でのサービスにおけるLTEの実効速度についてご紹介したいと考えています。
ノキア シーメンス ネットワークス株式会社 事業戦略 統括
小久保卓
2001年から株式会社NTTドコモでネットワーク装置開発を担当。その後、経営企画部にてサービス導入戦略やLTE導入戦略策定に従事し、
2009年にノキア シーメンス ネットワークス入社。現在は日本における事業戦略、事業計画全般を担当。
2001年京都大学情報学研究科修了。
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