Amazon EC2のインスタンスタイプに「クラスターGPUインスタンス」が追加。このクラスタGPUの使い道は? うまく使えば未来の予測にも……
内部告発サイト「WikiLeaks」の騒ぎの中で、Amazonも彼らにサーバ貸すをのやめたというニュースが注目されていた一方で、同じAmazonの発表でも、あまり注目を集めなかったものがある。クラウドでのサービス・ビジネスの老舗といってもよいだろう、Amazon EC2の数あるインスタンス・タイプに「クラスターGPUインスタンス」という新しいタイプが追加されたという地味なものである(Amazon Web Servicesのニュースリリース「Amazon EC2に新インスタンスタイプ登場 - クラスターGPUインスタンス」)。Amazon EC2には、すでにいろいろなインスタンス・タイプが10種類も提供されているそうだから、それに1種類くらい新たなタイプが追加されたからといって、特段騒ぐような話でもないのだが、筆者は大いに気になった。なぜならそこには、「第125回 タブレット型で流行の兆し、NVIDIAのTegraって」で少し触れたNVIDIAの「Tesla(テスラ)」が使われているからだ。Teslaと総称される一連の製品群の中でも新鋭の「Fermi(フェルミ)」というコードネームを持つシリーズだ。
TeslaにFermiとくると、大学時代、物理学に苦しんだ手前こちとら恐れ入ってしまうのだが、そういう「偉大な名前」をつけるNVIDIAの気合は立派なものである。そんな名前を背負わせておいて、しょぼくれたマシンであれば、日本的にいうと「名前負け」と言われるに違いないからだ。気合を入れているので、さすがにそれなりのマシンに仕上がっている。前に取り上げた「デスクトップのスパコン」は着実に進歩している感じだ。しかし、それをAmazon EC2のようなクラウド環境でどう使おうというのか。もちろん、Amazon EC2は「サービス・ビジネス」であるので、どう使おうとユーザーの勝手ではある。しかし、わざわざ「クラスターGPU」などというリソースを使おうというのだ。単なるイーコマースのサイトや、ブログ、掲示板のようなWebサイトを構築しようというのではないだろう。
GPUというチップのもともとの用途から、素直に考えられるのは3D画像などを使った「可視化(ビジュアライゼーション)」の目的にGPUを使うことである。サーバ側に何か有用なデータ、それも膨大なものが蓄積されており、それをクライアントの求めに応じていろいろな視点、あるいは切り口からデータ処理を施し、可視化してクライアントに提供する、という構図だ。これ自体は何の飛躍もない、まっとうな利用法である。足りなければクラウドでいくらでもインスタンスを追加できるといっても、CPUにこの手の負荷を負わせてしまうのは得策ではなさそうだ。そこを強力な汎用GPUの演算能力でカバーするのである。
だいたい、「可視化」というのは、研究開発用途、医療応用、あるいは産業用途のCADなどのプロフェッショナルな用途での需要が多い。しかし、それらで使われている「可視化」の技術が、比較的手軽に使えるのなら、エンタテイメントにも応用が広げられるだろう。そう考えてみると潜在的にその応用範囲は広い。
「可視化」とくれば、さらにその先も考えたくなる。「すでにあるもの」を可視化して見えるようにする、というのはある意味具体的すぎて「夢」がないのだなぁ。その先といえば、「まだ見えていないもの」を見えるようにするという世界に違いない。そこで、GPGPU(General-purpose computing on graphics processing units:GPUを利用した汎用計算)はスパコンなのだ、と心して見直せば見えてくるのだ。スパコンというのは昔から自然現象のシミュレーションに使われてきた。一番のよい例が「天気予報」である。あちらこちらの観測点からかき集められた膨大なデータを使い、毎日、毎日、「天気予報用」のスパコンはシミュレーションを繰り返している。その結果、明日のお天気はもちろん、中長期の予報などが得られるわけだ。
天気予報は、明日の傘の必要度を教えるだけでない。例えば農作物の作柄の予想などで売ったり買ったりの重要なファクタを提供しており、それらはすでに「ビジネス」になっている。大体が人類は、古より洋の東西を問わず亀甲占いなどで未来を占ってきており、それに「大枚」をハタイてきた「伝統」があるのだ。「占い」は特定の人の能力によるが、スパコンは膨大なデータを処理して、「物理法則」「数学法則」から何かご託宣を出してくれる。占い師の言葉で政治的、経済的な決断をすればひんしゅくを買うだろうが、スパコンの場合は「占い」ではなく「予報」であるから大威張りである。当然、モデルの予測精度は要求されるだろうが(未来の予測に100%はない)。有益な情報が得られる、ということになれば、これにお金を払う動機も需要も多いに決まっている。大体が経済活動は「未来」が読めれば――場合によっては、3カ月先どころか3秒先であっても――利益が得られる。場合によっては人間の介在なしに、機械同士のやり取りに使うことも考えられる。
スパコンでどんな「予報」や「予測」をするのかは大問題であるが、すべからくクラウドというものにはデータをかき集めるためのネットワーク・インフラがあり、それを保存する巨大ストレージがあるのだ。ここに演算能力が与えられれば「お金」になりそうな「予報」を刻々とジェネレーションし、クライアントの求めに応じて可視化するなり、切り口を変えるなりして提供するというモデルは十分に成り立つのではないかと思う。
まぁ、現状では、なかなかディープな世界なので、どのくらい有用な数学的モデルがあり、それをクラウド上に構築できる技術を持ったところがどのくらいあるのかよく分からない。しかし、今回の発表などは、それをするためのインフラは着々と整っていることを示している。「できない」ことは起こりえないが、「できる」可能性があることはきっと「起こる」に違いない。何か「そのようなもの」が、今回のクラスターGPUインスタンスの上に実装されたら面白いなぁ、と思う。えっ、自分でヤレって?
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
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