流行の兆しがあるタブレットPC。OSにAndroidを搭載するタブレットPCはNVIDIAのTegraを採用するものが多い。このTegraとはどんなCPUなのか?
最近、タブレット型の装置を持ち歩いている人をときどき見かけるようになった。友人にも慌てて買って「便利、便利」などといっているやつもいる。iPadが代表であるが、iPad以外にもOSにGoogleのAndroidを搭載したタブレット型の装置も増殖しているようだ。タブレット型の装置を「新しいコンセプト」だと思っている若い人もいるようだが、年寄りにはそうは思えない。コンセプトだけでなく、装置自体も20年も前から存在していたのだが、ニッチな市場の「こなれていない」「使い難い」装置であったのだ。それがここ数年でみんながほしがるような広い市場で使い勝手のよいものになった。その市場をみんなに認識させたのは、AmazonのKindleに代表される電子ブックであり、パイを大きくしたのがiPadだろう。
そんなタブレット型の装置、多くは「xxx」Padなどと名付けられそうなものどもに搭載されているデバイスに「アプリケーション・プロセッサ」というものがある。これまた一昔前から存在していた概念であり製品であったのだが、タブレット型の登場によって再度脚光を浴びてきた感じである。今回は、そんなタブレット型装置への採用が相次ぐNVIDIAのTegraシリーズのアプリケーション・プロセッサに注目してみたい。
しかし、よく考えてみれば「アプリケーション」プロセッサというのは変なネーミングである。プロセッサなのだから何かアプリケーションを実行するのが普通じゃないか、と思われた方は多分、若い。もともと「ベースバンド」プロセッサというものがあり、その横に後から「アプリケーション」を主として実行するために付加されたプロセッサであった、という歴史的な経緯からそう呼ばれるようになったカテゴリなのである。
歴史をたどればこうなる。「昔々」携帯電話というのは「音声通話」するだけの装置であった。主機能である「音声」を圧縮したり、伸張したりして無線に載せることができるようにするためのベースバンド処理が必須であって、そのためのプロセッサが搭載されていた。これがベースバンド・プロセッサであり、多くは電話番号をダイヤルしたり、電話番号を記録したりすることもその「ついでの」機能に入っていた。
ところが携帯電話が進化し、写真やら動画やら、インターネットやらを処理しなければならないようになってくると、「ついでの」機能としては重すぎて、音声処理ができる程度の性能のベースバンド・プロセッサにそれらを押し付けることは不可能になった。そこでベースバンド・プロセッサには本来の通信だけに専念してもらい、代わって写真やら動画やらの処理を受け持つアプリケーション・プロセッサというものが登場し、こいつらが「画面」を主としてあやつる「ユーザーに見せる」アプリケーションを処理するようになったのだ。
携帯電話の機能向上が著しかった一時期、アプリケーション・プロセッサは非常に脚光を浴び、多くの半導体メーカーが激突する主戦場となったこともあった。しかし、携帯電話の単価が下がり、もうからない市場になってくるにつれて、本来の組み込み用途らしい地味な分野に戻っていたのだ。
アプリケーション・プロセッサの典型的な構成は、ARM系のコアと画像処理系のDSP的なものの合体である。DSP処理部分の構成はまちまちなのだが、そもそもの発祥からして、アプリケーション・プロセッサには、「画面上」で静止画や動画を扱うという使命があったので、動画の伸張・圧縮がサクサクできるといった機能こそが必須であった。また、コアには日本ではSH-Mobile系も好んで使われたこともあったが、世界的な大勢はARMであった。これはARMが使いやすいだけでなく、携帯電話世界をARMが制覇していたという「市場の地政学」が果たした役割も大きかったように思われる。
その後、携帯系の画面サイズの大型化と、3D画像処理(いま流行の3Dパネルではなくて、ポリゴンを使った3Dの方である)の要求によって、コーデック処理が中心の画像処理系DSPは、GPU的な描画機能を持つものへと進化することが求められ、NVIDIAのようなGPU系のベンダがアプリケーション・プロセッサの市場へ進出してくるキッカケを作ったのだ。
NVIDIA自体、そうとう前からこの市場に取り組みはじめたはずであるが、想像するに携帯電話市場では、思ったほど成功していなかったのではないだろうか。携帯向けとしては最高性能の部類に入っても最後発なので、あまり多くのボリュームが残っていたとは思えないためである。ところが、タブレット型の装置は、「一段上」の描画性能と画面サイズを要求する。GPUベースでアプリケーション・プロセッサを攻略しようとしているNVIDIAにとっては、「ようやく出番が来た!」という感じなのかもしれない。
さて、そのプロセッサが「Tegra(テグラ)」である。そのような歴史的経緯からか、すでにTegra 2シリーズが商品化されており、次の新シリーズの概要も発表されている。現在出荷されているものはARM11コアにお得意のGPU技術を組み合わせたものである。ただし、もともとのターゲットはスマートフォンやPND(Personal Navigation Device)系の画面だろう。新シリーズではコアは同じARM製でもCortex-A9と呼ばれる新型に換装され、GPUも大画面化を想定して強化されている。明らかに、新シリーズは携帯ではなく、タブレットに軸足を置き始めたことが読み取れる。
ARM11は、連番で呼ばれる「古い」ARMのシリーズの最後を飾る最高峰であり、単体CPUとしての性能は悪くない。しかし、ARMはCortexの名を付けた新シリーズに移って久しい。ARMは新シリーズでマルチコア化を進めており、性能向上が著しいのだ。新たなシリーズで採用したCortex-A9は、そのマルチコア化された中のデュアルコアであるが、決してARMのコアとしては最先端の最高性能というわけではない。まあ、IPベンダであるARMの場合、ARMによる新製品発表と実際の製品への搭載にタイムラグがあるので、Cortex-A9は実質的には先端だといえるかもしれない。いずれにせよ、CPUのセレクションには「無理せず、ファブでの製造実績のある」「目的に合致した程度」を選んでいる感じがする。
何せスーパーコンピュータも作れるNVIDIAなので、性能だけを重視するならもっと強力なCPU、もっと強力なGPU能力を与えることはできるはずだ(「NVIDIA Teslaパーソナル・スーパーコンピュータ」参照)。しかし「電池を持たせる」けれども「タブレットの画面がサクサク動く」という目的のために、慎重に最適な組み合わせを探っている感じである。昔の「タブレット」製品の失敗のかなりは、電池を長持ちさせるために画面が「モタモタ」するか、快適に動くものの「あっという間に電池がなくなる」というものだったことを考えれば、この辺のチョイスは非常に重要である。この辺の選択が正しければ、今後、「雨後の筍」のように出てくるであろうタブレット型の装置をNVIDIA製プロセッサが席巻する可能性は高いと思われる。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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