第126回 スパコンの性能は1つの数字では表せない?頭脳放談

中国が1位になって話題の2010年11月版スパコン性能ランキングについて語る。1つの数値で単純化されたランキングに意味はあるのか?

» 2010年11月29日 05時00分 公開
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 何事でも「世界一」には関心が集まるためか、先ごろ中国のスパコンが演算速度世界一になったというニュースについてもいろいろなところでコメントされているようだ(Supercomputing TOP500 List - November 2010)。なかにはこのところの中国とのあつれきを踏まえた感情的なものもあるようだが、1番は1番である。ランキングの性質からいって、しっかりと比較テストされた上で一番になっているのだから立派なものである。

ランク サイト 設置国 コンピュータ名 プロセッサなど 稼働開始年 ベンダ
1 National Supercomputing Center in Tianjin 中国 Tianhe-1A NUDT TH MPP, X5670 2.93Ghz 6C, NVIDIA GPU, FT-1000 8C 2010年 NUDT
2 DOE/SC/Oak Ridge National Laboratory 米国 Jaguar Cray XT5-HE Opteron 6-core 2.6 GHz 2009年 Cray Inc.
3 National Supercomputing Centre in Shenzhen (NSCS) 中国 Nebulae Dawning TC3600 Blade, Intel X5650, NVIDIA Tesla C2050 GPU 2010年 Dawning
4 GSIC Center, Tokyo Institute of Technology 日本 TSUBAME 2.0 HP ProLiant SL390s G7 Xeon 6C X5670, NVIDIA GPU, Linux/Windows 2010年 NEC/HP
5 DOE/SC/LBNL/NERSC 米国 Hopper Cray XE6 12-core 2.1 GHz 2010年 Cray Inc
6 Commissariat a l'Energie Atomique (CEA) フランス Tera-100 Bull bullx super-node S6010/S6030 2010年 Bull SA
7 DOE/NNSA/LANL 米国 Roadrunner BladeCenter QS22/LS21 Cluster, PowerXCell 8i 3.2 Ghz / Opteron DC 1.8 GHz, Voltaire Infiniband 2009年 IBM
8 National Institute for Computational Sciences/University of Tennessee 米国 Kraken XT5 Cray XT5-HE Opteron 6-core 2.6 GHz 2009年 Cray Inc
9 Forschungszentrum Juelich (FZJ) ドイツ JUGENE Blue Gene/P Solution 2009年 IBM
10 DOE/NNSA/LANL/SNL 米国 Cielo Cray XE6 8-core 2.4 GHz 2010年 Cray Inc
スーパーコンピュータのトップ500リストのトップ10(Supercomputing TOP500 Listより)
Supercomputing TOP500 Listの2010年11月版の10位までのスーパーコンピュータのリスト。

 スパコンを使う必要があるのは、まず例外なく科学技術研究分野である。海外では、軍事や諜報目的もあるのだろうが、日本の場合はその割合はごく低いと思う。そのことからもスパコンというハードウェア性能のランキングの後ろには、その国の科学技術研究の地力やその広がりが反映していると思われる。そのため、いろいろな人がいろいろな思いを込めてコメントしたくなるのだろう。しかし、少々気になるのは、あちらこちらで引用される「2番じゃ駄目なのか」という言葉と同様、そこには何か複雑なものを1つの数字とそのランキングで代表させて事足れりとする世の中の傾向が見て取れることだ。そのあたりが気になってしかたないので、少々書かせていただく。

1つの数字で表せる問題はそうそうない?

 一言で、あるいは1つの数字に代表させて何かを「語る」というのは、高度な知性のなせる抽象化の業であり、それ自体はすごいことだと思う。しかし、それが「もっとも」と納得いけばいくほど、それだけがその本質のように錯覚し、ほかのいろいろなものを見えなくしてしまう、という傾向があることに注意しなければならない。スパコンも、1秒間の演算速度という1つの数値に集約され(そういう「分かりやすい」ランキングだからこそ世間受けするのだろうが)、それ「だけ」が議論のターゲットになっている感がある。

 そこから日本の競争力の低下を憂えるのもよし、事業仕分けの効果の低さを指摘するもよしという案配である。だからスパコンにもっと金を使えといい、いや不要だという。確かにスパコンの速度に背後の科学技術レベルを反映するシンボリックな意味があるとしても、短絡的にその数字を向上すれば、背後の科学技術レベルが上がるかといえばそんな単純なものでもないだろう。

 だいたい、数値1つのランキングで判断してよいものだろうか? 筆者はスパコンの専門家ではないが、一般的なパソコンの速度を考えてみても、1つの数値で議論して事足れりとする程度の複雑度しかないものだとは到底思えないのだ。昔、パソコンのプロセッサでも、動作周波数の数値1つで競争する、不毛なMHz〜GHz競争があった。あのときは、ほとんど同じ命令セット、同じOS、同じようなアプリケーションをみんなが使っている上での話だったので、初期には「1つの数値」での比較もそれほど実体からは外れないで済んでいた。しかし「末期」には真実とは程遠い空論になってしまったように記憶している。まぁ、熱的限界のおかげ(?)で、このごろはGHz話をあまりしなくて済んでいるが(その代わり、プロセッサのコア数の多寡で議論している向きもあるが)それこそ極論すれば、現代社会の問題で1つの数字で語りつくせるような問題は、実はそうそう残っていないだろう。

スパコンの演算速度は地震の震度と同じシンボリックな意味でしかない

 例えば、地震の震度である。少々変な例だが、日本人にはなじみ深いからよいだろう。その場所の地震の振動の大きさを表すということで、地震の激しさの指標として「分かりやすい」指標である。ニュースでもそのまま数値を報道するから、一般の人も何となく「分かった」気がしている。しかし、これを読んでいるみなさんは理工系のバックグラウンドを持っている人が多いと思うので、考えてみてほしいのだが、「地震=振動現象」である。振動が1つの数値で取り扱えるのだろうか? 学校で習った事を思い出すならば、そんなことはできはしないはずだ。周期、振幅、位相のほか、共振や干渉、減衰、ノイズがあるなら相当複雑になる。電子工学なら、ノイズ対策するのにスペクトラム・アナライザを使って周波数領域で解析する。もちろん、専門の地震学者も波形を数値1つで表せるとは思っていないだろうし、同じ震度なら同じ被害ということもありえない。

 あるいは、これまた先ごろ中国に抜かれて話題になった国内総生産(GDP)である。マクロ経済学上の重要な指標ではあるが、これだけで経済政策を決められるような数値でもない。それこそGDP目標だけで決めて経済運営がうまくいくのならば、とっくに景気はよくなっているだろう!

 スパコンの演算速度も、地震の震度や、経済学のGDPに類似の指標に思えてならない。シンボリックな意味はあるのだが、それだけを目標に何かをするべき対象ではない。

 スパコンの場合、パソコンに比べると解くべき問題はかなり「マニアック」である。まぁ、よく使われるライブラリのようなものは使いまわされているケースもあるようだが、パソコンのように同じソフトウェアをみんなが使って事足れりとしているようなことにはならないだろう。それこそ、単に演算器を並べていくことさえできれば、単純な電子回路的な「1秒当たりの演算速度」はいくらでも向上できるはずである。

 しかし、実際にスパコンで解くべき典型的な問題を考えれば、演算器間で相互に依存関係のある演算結果のやりとりが必須に決まっている。ランキングを作るにあたっては、公正な比較を正確に行うためのそのようなベンチマーク条件をいろいろ課しているはずであるから、単なる演算器の数を並べただけでは、ランキングに入れるような結果になりはしない。結局、相互の結合(通信)こそがその性能を律することになるのだろう。その辺のトロポジーなどは問題によりけり、バリエーションが多そうで数値1つに込めるには複雑すぎる問題である。

 「並べれば」といったが、「よい」演算器を作ること自体も最近ではかなり難しそうだ。ベタに作ったら発電所を1個欲しがるほどの電力を消費してしまうかもしれない。最先端の半導体プロセスで最先端の設計手法を用いて、消費電力と性能の両方を追い求めないとならない。最近、このあたりの日本の地力が格段に落ちているのが問題の奥深いところにありそうなのだが……。

 そんなバックにある技術力やら製造力から、「マニアックな問題」をエレガントに解ける人材の厚みなどまで含めて、「総合的」に地力をつけないと単にランキング入りを目指しても所詮はあだ花だろう。しかし、1つの数字でしか議論できないようでは、多くの要因のからんだ現代的な問題はどれも解けないような気もするのだ。

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筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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