誰もが研究者の時代? ニコニコ学会βレポートD89クリップ(58)(2/6 ページ)

» 2013年02月04日 16時05分 公開
[高須 正和ウルトラテクノロジスト集団チームラボ]

研究100連発(第3セッション)

 研究100連発は、大学や研究所などの研究機関に勤めるいわば「プロ」の研究者が、1人15分で20個の研究を発表する、ニコニコ学会βのハイライトの1つである。

 1つ1つの発表時間を極端に短くする(平均して、1研究当たり45秒!)ことで、その研究の「一番面白いところ」が凝縮される。また立て続けに20個の研究を発表することで、それぞれの研究者を貫く「色」「芸風」が見えてくる。さらに5人の先生が連続して登壇することで、お互いの存在がより高く、競技スポーツ的ともいえるようなテンションを生む。

 今回は京都大学中村聡史先生が座長を務めたことで、関西で活躍する研究者が多く登壇し、これまでの100連発とはまた違った色が見えるセッションとなった。

歌って踊れる研究者 寺田 努(神戸大学)

 1人目の発表者、神戸大学寺田努先生は、ウェアラブルコンピューティングとエンターテインメントに関する研究を中心に発表。

コンピュータを付けて外に出よう!(撮影:石澤ヨージ)

 寺田先生の所属する塚本研究室は、Google glassが発表されたことなどでますます注目が高まってきたウェアラブルコンピューティングに、10年以上前から取り組んでいる。常にコンピュータを身に付けることが当たり前になったときに、どういうコンピュータの使い方をするとより役立つか。また、どうやってコンピュータを操作するかということについて、いくつものプロトタイプ製作や実証実験を繰り返している。

 そうした成果として次のような研究が披露された。

  • コンピュータへの入力
    • 指の動きでマウスポインタを動かせる
    • キーボードの片手部分だけの入力をどこでも行える。しかも、もう片手分の入力をコンピュータが予測することで、より少ないスペースで入力できる
    • ミュージックプレイヤーの曲操作を、ジョギング中に脚の動きで行う
  • コンピュータからの情報表示
    • ウェアラブルな画面で、台本をリアルタイムに見たり、裏方と連絡することで、イベントの司会進行を助ける
    • 着ぐるみを着ると、身体が大きくなったことで人にぶつかりやすくなる。これを解消するために、着ぐるみの目の位置にカメラを仕込み、ぶつかる対象を大きく表示して身体の大きさ感覚を拡張し、着ぐるみを着ても物にぶつかりづらくするシステム
    • 会話中に出る単語を片っ端から音声認識して自動で検索することで日常会話を支援する
    • 人間に車のウィンカーやブレーキランプのようなものを装着することで、どちらに曲がる、次には止まるなどの情報を表示する(しばらく止まっているとハザードも出る) ことで、周りの人にぶつかりづらくなるシステム
ウィンカーが付いたジャケットを着ることで、人とぶつかりづらくなる

 また、コンピュータが活躍しづらい場所にウェアラブルコンピューティングを導入する実証実験として、オートバイレースのチームに対してウェアラブルコンピュータを提供した事例も紹介された。

 コンピュータを通じて、監督やピットのスタッフにリアルタイムに走行情報などを提供することで、バイクチームは過去最高の順位を獲得したという。

バイクレースのクルー支援

 後半には、ミュージシャンとしても活動する寺田先生らしい、音楽やエンターテインメントに関連する研究の数々が発表された。

  • エアドラム:実際のドラムに対して、仮想的に足りない楽器を足せる。例えば、シンバルを一枚足して、何もない空間をたたくと、シンバルの音が鳴る。もちろんミュートなど、シンバルに対する奏法がそのまま行える。
  • ユニット楽器:キーボードを模した部品とギターを模した部品など、楽器の部品を別々に組み合わせられるようにする電子楽器。例えばギターのフレットのようにコードを押さえ、ピアノのようなキーで弾けるような楽器が作れる。
  • 全身にLEDを装着して、ウェアラブルコンピュータで制御する。
  • 身体に、においセンサを常に装着して、においを記録するライフログ
  • 笑顔の場所を記録するライフログ
コンピュータ制御で任意の場所が光る(全身にLEDを装着して、ウェアラブルコンピュータで制御するダンスパフォーマンス)

 コンピュータは時代の進化とともに、ますますさまざまな場所に入っていく。自動販売機や自動ドア、スマートフォンなどはそれぞれ、新しい場所にコンピュータが入っていった事例である。コンピュータの活躍する場所が増えていくことで、社会はどんどん便利になってきた。寺田先生の発表からは、さらに多くの場所にコンピュータやセンサが入っていくことで、世の中がどう進化していくかという可能性がうかがえる。また、近年この領域は研究ベースにとどまらず産業分野に降りてきて、多くの製品が登場し始めていることで、「実際に社会ではどうなのか」がまさに明らかになりつつある。

創造活動のバリアを取っ払う 西本一志(JAIST)

 2人目の発表者は北陸先端科学技術大学院大学(以下JAIST)の西本一志先生。埋もれた創造性の発見・発掘・発揮、誰もが創造的に社会貢献できることをテーマに研究している。

軽妙な語り口の西本先生 ところどころに毒のある一言が (撮影:石澤ヨージ)
AIDE:ブレインストーミング支援

 最初に発表されたのが、西本先生の博士論文となったAIDE:ブレインストーミング支援。ブレストをしているときに出た話題を、キーワードを基に自動でマッピングして、話題の中心点とまだ話されていない空白領域へと可視化することで、新しいアイデアを出しやすくする。

 西本先生の研究は、ここからスタートして、アイデアだけなく音楽の支援へと発展する。

  • Music-AIDE:即興演奏時に、自分の演奏中心点や、まだ弾いていないフレーズを可視化することで、新しいフレーズを出しやすくする。
  • Coloring-in Piano:どこの鍵盤をたたいても楽譜通りの“高さ”の音が出るピアノ。ただし、音の“強弱”は弾いた強さを反映する。ピアノが弾けなかった人も演奏することができ、かつ音に表情を付けることに専念できる。

 「楽譜通りに弾くなんてクリエイティブではない、やめましょう!」という言葉が出た辺りから、「この発想は面白い、聞いたことがない!」と、ニコ生のコメントが熱を帯び始める。

 続いて音楽の創造性を拡大する研究を連発。

  • FamilyEnsemble:連弾(2人で同じピアノを弾く)するときに、片方が正確に弾いていれば、もう1人の弾く位置が自動補正されることで、ピアノが弾けなくても連弾に参加できる
  • 何かをたたいたりこすったりした音など、世界のあらゆる音を自動でMIDIデータに変換して演奏できるようにする
  • ドラムの練習効果を上げるシステム。ドラムをたたいた際、たたかれた音をごくわずかだけ遅延させることで、たたいた後の手首がより上がる
  • Apollon 13:演奏会で、突然の失敗に強くなるシステム。ピアノの練習に対して、ところどころに自動で間違った音を入れることで、失敗に慣れることができる(PDF)
  • 着る楽器:服に無線通信の仕組みと、音を出す仕組みを仕込み、街でばったり出会う人と無線通信で一緒に演奏することを可能にする
Apollon 13のキャッチコピーは「創造力発揮には折れない心も必要!」

 創造性支援の研究は音楽を離れてさらに広がる。

  • 朝、布団から出るのがつらい人のために、SNS上の仲間たちから「早くおいで!」などの起床メッセージが届く目ざましコミュニティ
  • TableCross:会議室やリビングなど、みんなが使う共有スペースの散らかり具合を画像認識でシミュレートし、散らかした人間が使っているPCのデスクトップを同じくらいの乱雑さに散らかす(散らかされたアイコンは、共有スペースを掃除するまで消えない)
  • Cosplay Chat:1人で複数の名前を利用でき、他人に任意の名前を押し付けられるチャットシステム
  • 議論の生産性を上げるシステム。対面で議論している際、議論の中で話された言葉をコンピュータが認識して、すでにブログや掲示板で行われたオンライン議論の内容を表示し、お互いを補完する
  • テキストチャット時に感情をより強く伝えるシステム。キーボードのタイピングの強さを記録し、怒ったときなどに強く打鍵すると、チャット相手の椅子を揺らすことで感情を伝える
  • 会食時のコミュニケーションをより活性化させるために、大皿に盛られた料理を、「自分以外の人」にしか取り分けられないようにする
  • 付き合っているカップルなどが利用することを想定し、ごく近距離で相手の携帯上にラクガキすることで、「こいつめ」「あはは」などのコミュニケーションを生み、リア充をさらにリア充にする

 など、さまざまな状況を想定した研究を紹介。

 また西本研のOBは、クリエイティブな場所でさまざまに活躍している。20連発後、さらに追加の2連発として、ニコ生学術チャンネルなどで登場する機会の多いドワンゴの伊豫田氏の「プレ絵コンテ製作支援システム」、第1回ニコニコ学会βで研究100連発を行った宮下先生(明治大学)の「Thermoscore: 熱で伝える新しい形態の楽譜」2人のOBの卒業研究が紹介された。

 ジャンルを超えてまさに自由な発想が発揮された研究からは、「創造活動とはなんなのか」「コミュニケーションはどういうもので、何のために行うのか」について、いつも意識していることを感じた。何が創造性を阻害して、どうすればそれが取り除かれるのかを研究することは、人間に対して深く考えることにもつながる。

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